~冷蔵庫にサランラップが・・・~
4月14日、夕方から東京で地域会会長打ち合わせ会が行われたのですが、足の痺れがひどくてあまり体調がよくなかったため、その後の食事会はキャンセルし、ホテルに直行したのでした。「開運!何でも鑑定団」を見た後自宅に電話し、「何か変わったことはなかったか?」と尋ねたのですが、なんと「冷蔵庫の中にサランラップが入っていた」といって大笑いしているではありませんか。
我が家は二人とも働いているため、いっしょに晩御飯を食べるときには、先に帰ったほうが食事の支度をし、後片付けは一緒にするという、結婚以来の鉄の掟があります。昨日は二人とも遅かったのですが珍しく一緒に食事をし、後片付けは、私が食器を洗ってカミサンが残り物を冷蔵庫にしまっていたはずです。私はそのあたりのことを強調して、「サランラップを冷蔵庫にしまったのは私ではない。ボケたのは君のほうだ」と攻勢に出たのですが、今朝の食事は私が後片付けをして家を出たため、全面的に強気に出ることはできません。結局サランラップを冷蔵庫へしまったのはどちらなのか、真相は藪の中なのです。私には、以前洗い終わった食器を、食器棚ではなくて冷蔵庫にしまいこんだ前科があるため、立場的には弱いのですが・・・。二人とも、もう52歳になっているため、ボケが始まったのかなぁ。でも、毎日を時間に追われてあわただしく過ごしているので、たまにはこういうこともあるのだ。
最近では、女性の公認会計士も増えてきており、結婚して働き続けるためには、ある程度夫の理解も必要だと思います。以前私も女子高の土曜セミナーで「女性公認会計士として強くたくましく生きるための講座」というテーマで2時間ほど話したことがあるのですが、そこの女子高からも試験合格者が出て、私も大変喜んでいるのです。また、東海会でも「女性公認会計士の会」といったものを定期的に開催しており、私は参加できないので、どのようなことが話し合われているのかはわかりませんが、概ね好評のようです。ぜひがんばって、仕事を続けていただきたいと思っています。
地域会会長打ち合わせ会で話し合われた内容は、「各地域会のウェブサイトについて」や「地域会総会の開催時期の変更(重ならないよう余裕をもって行うために、開催時期に幅をもたせた)」、「公会計監査特別委員による地域会での研修会について」等のテーマで、それぞれ意見交換が行われました。特にウェブサイトの件については、東海会では事務局の皆さんのおかげで大変充実しており、来期には専用サーバを入れて、無料でのE-learningの導入も視野に入れているのです。ただ、それによって研修会の参加者が減ってしまっては、それはそれで困ったことになるため、いろいろ検討が必要です。協会本部では、HP(ホームページ)の一元化も含めていろいろ検討しているようですが、具体的な話がなかなか地域会に伝わってきていません。HPが全面的に本部管理という事になってしまうと、私の「越麻呂日記」もなくなってしまう可能性もあるため、後1年くらい先延ばししていただけると助かるのですが。
2009年4月14日火曜日
第4回社外監査役研究会とテポドン
~ミサイルの落下はなくてほっとしましたが・・・~
とうとう北朝鮮から飛翔体が発射されたのだ。しかも、我が故郷の秋田の上空を通過したというではありませんか。人工衛星といっているようですが誰が信用しましょう。秋田県の新屋に迎撃ミサイルのPAC3を積んだトラックが到着したのはいいのですが、ニュースによると道を間違え(ナビはついていないのかナビは?)、Uターンしようとして壁に激突してしまい、一時動けなくなったというではありませんか。しかも、2回も誤探知したようです。日本は本当に大丈夫なのだろうか。秋田の怪しい税理士が飛ばしているラジコンヘリコプターで打ち落としてもらおうかとも思いましたが、テポドンとは勝負にならないしなぁ。発射前にはきっと目を怪し目にして、悔し紛れに秋田の上空をじっとにらんでいたに違いないのです。
政府は本土に落下する可能性はほとんどないといっていましたが、本当はあまり信用していませんでした。私の実家に落下するかもしれなかったし、私も最近ろくなことがないので、実際何が起こるかわかったものではありません。私は監査法人を退職したら、秋田に帰って農業をやるつもりでおり、カミサンの実家の田んぼと畑をすでに利用させていただく約束をしているのですが、仮にその田畑に落っこちたとしたら、そこで作った農作物など誰が食べるというのだ。私は珍しく怒っているのです。
とりあえずは日本に飛翔体が落下しなくて本当によかったよかった。
それはそれとして、4月2日は第4回社外監査役研究会が開催されました。以前は公認会計士の社外監査役さんばかりだったのですが、今回は監査役協会さんから2名、弁護士会さんからも7名参加していただき、総勢18名となりました。講演のテーマは「リスクアプローチについて」です。監査は一昔前の残高を押さえに行く監査から、最近では会社のリスクを特定して、そこに監査資源を集中させて手続を行うリスクアプローチによる監査に変わっているのです。でも、我々が以前行っていた監査も、基本的にはリスクアプローチだったのですがね。それに理屈付けが行われたということでしょうか。監査業務委員会委員長の山田順先生から説明があり、その後意見交換会が行われたのですが、懇親会も含めいろいろ面白い話が出て、大変参考になりました。社外監査役さんも情報収集にいろいろご苦労されているようですね。
とうとう北朝鮮から飛翔体が発射されたのだ。しかも、我が故郷の秋田の上空を通過したというではありませんか。人工衛星といっているようですが誰が信用しましょう。秋田県の新屋に迎撃ミサイルのPAC3を積んだトラックが到着したのはいいのですが、ニュースによると道を間違え(ナビはついていないのかナビは?)、Uターンしようとして壁に激突してしまい、一時動けなくなったというではありませんか。しかも、2回も誤探知したようです。日本は本当に大丈夫なのだろうか。秋田の怪しい税理士が飛ばしているラジコンヘリコプターで打ち落としてもらおうかとも思いましたが、テポドンとは勝負にならないしなぁ。発射前にはきっと目を怪し目にして、悔し紛れに秋田の上空をじっとにらんでいたに違いないのです。
政府は本土に落下する可能性はほとんどないといっていましたが、本当はあまり信用していませんでした。私の実家に落下するかもしれなかったし、私も最近ろくなことがないので、実際何が起こるかわかったものではありません。私は監査法人を退職したら、秋田に帰って農業をやるつもりでおり、カミサンの実家の田んぼと畑をすでに利用させていただく約束をしているのですが、仮にその田畑に落っこちたとしたら、そこで作った農作物など誰が食べるというのだ。私は珍しく怒っているのです。
とりあえずは日本に飛翔体が落下しなくて本当によかったよかった。
それはそれとして、4月2日は第4回社外監査役研究会が開催されました。以前は公認会計士の社外監査役さんばかりだったのですが、今回は監査役協会さんから2名、弁護士会さんからも7名参加していただき、総勢18名となりました。講演のテーマは「リスクアプローチについて」です。監査は一昔前の残高を押さえに行く監査から、最近では会社のリスクを特定して、そこに監査資源を集中させて手続を行うリスクアプローチによる監査に変わっているのです。でも、我々が以前行っていた監査も、基本的にはリスクアプローチだったのですがね。それに理屈付けが行われたということでしょうか。監査業務委員会委員長の山田順先生から説明があり、その後意見交換会が行われたのですが、懇親会も含めいろいろ面白い話が出て、大変参考になりました。社外監査役さんも情報収集にいろいろご苦労されているようですね。
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徒然
2009年4月11日土曜日
4県合同ゴルフ大会開催
~ダブルペリアの帝王にまたしてもやられてしまったのだ!~
毎年恒例となっている4県合同ゴルフ大会「東海会オープン」が3月28日、名門「藤岡CC」で行われました。今回は静岡県会からも小野先生にご参加いただきましたし、若手の参加も比較的多く、顔ぶれ豊かな大会となりました。私も第一回大会以来久しぶりの参加です。今年はまだ100以上たたいていないし、先々週の日曜日に久しぶりに練習場へ行って470発打ち込んできていたこともあり、結構自信を持って臨んだのでした。
ところが、最初のティーショットを左に大きく曲げてしまったのが、その後ず~っと尾を引く結果となってしまいました。あわやOBかというところでぎりぎり助かったのですが、第2打も引っ掛けてグリーン左のOBゾーンへ直行、打ち直しも引っ掛けてあごの深いバンカーの縁へ直入、2回で出して2パットの結局8で上がってしまい、最初のホールでスコア関係はもうおしまいです。後はゆっくり桜見物を楽しみながら回ったのですが、引っ掛けは最後まで治りませんでした(練習で打ちすぎて、右手に力が入りすぎたのだろうか?)。ゴルフは難しい。
皆さん速いグリーンに悩まされたようで、全体的にも思うようにスコアが伸びなかったようですが、ふたを開けてみるとまたしてもダブルペリアの帝王である牧野さんの優勝。「ゴルフで運を使いたくない」というご本人のコメントでしたが、それにしても恐れ入りました。
ゴルフの場合は、ミスショットをしてもリカバリーの可能性が残されていますし、今回スコアが悪くても、次回がんばるチャンスはいくらでもあります。また、野球でもチャンスで打てなかったり、エラーをしてしまっても、年間140試合以上やっていれば取り返すチャンスはたくさんあります。それでは監査の場合はどうでしょうか・・・?
それにしても、タイガーウッズは、医者から約半年間の休養命令を受けながら、復活3試合目の大会で優勝してしまいました。他のプレイヤーとはゴルフの次元が違うのだろうか。マスターズに期待!
毎年恒例となっている4県合同ゴルフ大会「東海会オープン」が3月28日、名門「藤岡CC」で行われました。今回は静岡県会からも小野先生にご参加いただきましたし、若手の参加も比較的多く、顔ぶれ豊かな大会となりました。私も第一回大会以来久しぶりの参加です。今年はまだ100以上たたいていないし、先々週の日曜日に久しぶりに練習場へ行って470発打ち込んできていたこともあり、結構自信を持って臨んだのでした。
ところが、最初のティーショットを左に大きく曲げてしまったのが、その後ず~っと尾を引く結果となってしまいました。あわやOBかというところでぎりぎり助かったのですが、第2打も引っ掛けてグリーン左のOBゾーンへ直行、打ち直しも引っ掛けてあごの深いバンカーの縁へ直入、2回で出して2パットの結局8で上がってしまい、最初のホールでスコア関係はもうおしまいです。後はゆっくり桜見物を楽しみながら回ったのですが、引っ掛けは最後まで治りませんでした(練習で打ちすぎて、右手に力が入りすぎたのだろうか?)。ゴルフは難しい。
皆さん速いグリーンに悩まされたようで、全体的にも思うようにスコアが伸びなかったようですが、ふたを開けてみるとまたしてもダブルペリアの帝王である牧野さんの優勝。「ゴルフで運を使いたくない」というご本人のコメントでしたが、それにしても恐れ入りました。
ゴルフの場合は、ミスショットをしてもリカバリーの可能性が残されていますし、今回スコアが悪くても、次回がんばるチャンスはいくらでもあります。また、野球でもチャンスで打てなかったり、エラーをしてしまっても、年間140試合以上やっていれば取り返すチャンスはたくさんあります。それでは監査の場合はどうでしょうか・・・?
それにしても、タイガーウッズは、医者から約半年間の休養命令を受けながら、復活3試合目の大会で優勝してしまいました。他のプレイヤーとはゴルフの次元が違うのだろうか。マスターズに期待!
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徒然
2009年3月27日金曜日
サラカイセン ~268-272~
268.人生にも あるべき 敗者復活戦
269.仕事より 就活よりも WBC
270.勝つほどに 上がり続ける 株価かな
271.イチローと 一郎が占める トップ記事
272.自己評価 一言でいうと 勘違い
269.仕事より 就活よりも WBC
270.勝つほどに 上がり続ける 株価かな
271.イチローと 一郎が占める トップ記事
272.自己評価 一言でいうと 勘違い
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川柳
2009年3月7日土曜日
新人の補習生は実務に慣れてきただろうか
~いきなり先生と言われてしまった新人の頃~
現在の補習生の実務補習所入所式が昨年の12月だったため、各監査法人に入所された方々は、もうそろそろ入所後3カ月ということで、監査実務に駆りだされて慣れない日々を送っていることと思います。
私が監査法人に入所した頃も、1週間ほどは事務所内で研修を受けたり監査調書をみたりしていましたが、その後はすぐに監査現場に駆り出されました。10月入所だったので、ちょうど中間決算監査の真っただ中だったからです。今では各法人とも研修制度がしっかりしているため、1が月ほど社内研修を受けることになっていると思いますが、それでも試験と実務はまったく異なるため、監査の現場に出るといろいろわからないこともたくさんあると思います。何しろ、会計士試験に合格したといっても、それはあくまで教科書的なことばかりですので、私の場合のように実務を全く経験したことがない人にとっては大変です。なにしろ、伝票一枚起票したこともない者が会社の帳簿を監査しようというのですから、今考えるとずいぶん無謀な話だと思いますが、最初はだれでもそうなのです。
私のデビュー戦は、池袋にあったA社でした。監査調書がたっぷり入ったジュラルミンのケースを持ち運び(これは新人の役目なのですが、今のようにキャリーバックではなかった)、タクシーに乗り込んで会社へ行ったのはいいものの、何をやったらいいのか全く見当もつかず、足が地についていない状態でした。
会社に到着すると経理の方をご紹介されたのですが、名刺を交換するなり、いきなり「先生、よろしくお願いします」などというではありませんか。先生っていったい誰のことかいな?と思っていたのですが、ただいまの状況から察するに、それはなんだか自分のことのような雰囲気でした。ここで余裕をもって「まぁ、まかせなさい」とでもいうことができたのなら、「あいつは大物だ」ということにでもなるのでしょうが、私の背中にはタラーリと冷たい汗が流れていたのです。
いざ仕事に突入して、社員の先生に「越山君、精査しなくていいんだからね、試査でいいんだからね」とは言われてみたものの、何をどう監査していいのか全くわかりませんでした。いったい会社にはどういう帳簿があるのかすらわからない状態だったため、監査調書用紙を前にしてボーゼンとしているうちに、時間だけがどんどん過ぎていってしまったのです。
本当は、会社の人に「どういう帳簿があるのですか」と聞けばそれで済むことなのですが、最初に経理の人にセンセーなどと言われてしまったため、先生というものは何でも知っていなければならない、したがってつまらない質問をしてはいけない、要するに笑われたくない、あいつはアホだと思われたくないという意識が先にたってしまい、なにも質問できないような精神状態になってしまっていたのでした。
チームの先輩たちはというと、自分の仕事に没頭しており、とても仕事を教えてくれそうな気配すらありません。「仕事は自分で覚えるものである」と身にしみて理解したのはこの時でした。この考えは、今では自分の信念みたいなものになっており、よく上の人に「若い人にもっと丁寧に仕事を教えてやれ」ということを言われたものでしたが、やはり仕事は自分で覚えようという意思がなければ身に付かないものであり、また、自分で仕事を覚えたいという意思のある人は、こちらが黙っていても覚えるものなのです。
それはともかく、とにかく監査調書を作らねばと焦っていた私は、とりあえず一番楽そうな「受取手形の監査手続」からやろうと決心し、意を決して会社の人に「この手形を見せてください」と言ったのです。「はい、センセー」といった会社の人は、しばらくすると受取手形なるものを持ってきてくれました。受取手形というものはこういうものである、ということはもちろん知ってはいましたが、何を隠そう恥ずかしい話、受取手形の現物を見たのはその時が初めてだったのです。
私は正直に、「いや~、手形の現物を始めてみましたわ~、これが手形というものでしたか、ハッハッハ・・・」などというと、会社の人は最初は「このセンセーは一体何を言っているのだ」と不審そうな眼でこちらを見ていたのですが、事情を説明するとやっと理解してくれたらしく、やさしく笑ってくれたのでした。その後は、こちらが実務に関してはほとんど素人だということを会社の人もわかってくれたため、逆に経理の人から実務を教えてもらうような形となり、仕事も比較的スムーズに進んだのですが、一日が終わったらどおっと疲れましたなぁ。
帰り際に今は亡きGさんが、「越山君、ウチの連中は聞かなきゃ誰も教えてくれないよ」と言ってくれたのを今でも覚えています。そのとき、「あっ、仕事ぶりを観察されていたな」と思うと、また背中にタラーリと冷や汗が流れ出たのでした。
「センセーといわれるほどバカじゃない」とはよく言われる言葉ですけれど、20年以上たった今でも、センセーと言われるのは本当にいやなものです。
デビュー当時の思い出でした。
現在の補習生の実務補習所入所式が昨年の12月だったため、各監査法人に入所された方々は、もうそろそろ入所後3カ月ということで、監査実務に駆りだされて慣れない日々を送っていることと思います。
私が監査法人に入所した頃も、1週間ほどは事務所内で研修を受けたり監査調書をみたりしていましたが、その後はすぐに監査現場に駆り出されました。10月入所だったので、ちょうど中間決算監査の真っただ中だったからです。今では各法人とも研修制度がしっかりしているため、1が月ほど社内研修を受けることになっていると思いますが、それでも試験と実務はまったく異なるため、監査の現場に出るといろいろわからないこともたくさんあると思います。何しろ、会計士試験に合格したといっても、それはあくまで教科書的なことばかりですので、私の場合のように実務を全く経験したことがない人にとっては大変です。なにしろ、伝票一枚起票したこともない者が会社の帳簿を監査しようというのですから、今考えるとずいぶん無謀な話だと思いますが、最初はだれでもそうなのです。
私のデビュー戦は、池袋にあったA社でした。監査調書がたっぷり入ったジュラルミンのケースを持ち運び(これは新人の役目なのですが、今のようにキャリーバックではなかった)、タクシーに乗り込んで会社へ行ったのはいいものの、何をやったらいいのか全く見当もつかず、足が地についていない状態でした。
会社に到着すると経理の方をご紹介されたのですが、名刺を交換するなり、いきなり「先生、よろしくお願いします」などというではありませんか。先生っていったい誰のことかいな?と思っていたのですが、ただいまの状況から察するに、それはなんだか自分のことのような雰囲気でした。ここで余裕をもって「まぁ、まかせなさい」とでもいうことができたのなら、「あいつは大物だ」ということにでもなるのでしょうが、私の背中にはタラーリと冷たい汗が流れていたのです。
いざ仕事に突入して、社員の先生に「越山君、精査しなくていいんだからね、試査でいいんだからね」とは言われてみたものの、何をどう監査していいのか全くわかりませんでした。いったい会社にはどういう帳簿があるのかすらわからない状態だったため、監査調書用紙を前にしてボーゼンとしているうちに、時間だけがどんどん過ぎていってしまったのです。
本当は、会社の人に「どういう帳簿があるのですか」と聞けばそれで済むことなのですが、最初に経理の人にセンセーなどと言われてしまったため、先生というものは何でも知っていなければならない、したがってつまらない質問をしてはいけない、要するに笑われたくない、あいつはアホだと思われたくないという意識が先にたってしまい、なにも質問できないような精神状態になってしまっていたのでした。
チームの先輩たちはというと、自分の仕事に没頭しており、とても仕事を教えてくれそうな気配すらありません。「仕事は自分で覚えるものである」と身にしみて理解したのはこの時でした。この考えは、今では自分の信念みたいなものになっており、よく上の人に「若い人にもっと丁寧に仕事を教えてやれ」ということを言われたものでしたが、やはり仕事は自分で覚えようという意思がなければ身に付かないものであり、また、自分で仕事を覚えたいという意思のある人は、こちらが黙っていても覚えるものなのです。
それはともかく、とにかく監査調書を作らねばと焦っていた私は、とりあえず一番楽そうな「受取手形の監査手続」からやろうと決心し、意を決して会社の人に「この手形を見せてください」と言ったのです。「はい、センセー」といった会社の人は、しばらくすると受取手形なるものを持ってきてくれました。受取手形というものはこういうものである、ということはもちろん知ってはいましたが、何を隠そう恥ずかしい話、受取手形の現物を見たのはその時が初めてだったのです。
私は正直に、「いや~、手形の現物を始めてみましたわ~、これが手形というものでしたか、ハッハッハ・・・」などというと、会社の人は最初は「このセンセーは一体何を言っているのだ」と不審そうな眼でこちらを見ていたのですが、事情を説明するとやっと理解してくれたらしく、やさしく笑ってくれたのでした。その後は、こちらが実務に関してはほとんど素人だということを会社の人もわかってくれたため、逆に経理の人から実務を教えてもらうような形となり、仕事も比較的スムーズに進んだのですが、一日が終わったらどおっと疲れましたなぁ。
帰り際に今は亡きGさんが、「越山君、ウチの連中は聞かなきゃ誰も教えてくれないよ」と言ってくれたのを今でも覚えています。そのとき、「あっ、仕事ぶりを観察されていたな」と思うと、また背中にタラーリと冷や汗が流れ出たのでした。
「センセーといわれるほどバカじゃない」とはよく言われる言葉ですけれど、20年以上たった今でも、センセーと言われるのは本当にいやなものです。
デビュー当時の思い出でした。
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徒然
2009年3月5日木曜日
サラカイセン ~263-267~
263.100年に 一度の人材不足なり・・・(政治の世界の話です)
264.郵政に ポカンと一撃 かんぽの宿・・・(総務省)
265.GCは ゴルフクラブと 経営者
266.真実の 鏡はキャッシュフローだけ
267.低価する 迷柄多い ジャスダック
264.郵政に ポカンと一撃 かんぽの宿・・・(総務省)
265.GCは ゴルフクラブと 経営者
266.真実の 鏡はキャッシュフローだけ
267.低価する 迷柄多い ジャスダック
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川柳
2009年2月26日木曜日
中日本五会無事終了
~佐伯さんの「いわゆる節」がさく裂した~
昨年7月に名古屋で全国研究大会が開催されましたが、引き続き私の任期中でしかも同じ事業年度内に、今度は中日本五会(つまり東海・近畿・北陸・京滋・兵庫の各地域会)の研究大会が、2月21日に開催されました。
この大会が終了するまでは絶対に風邪をひくことはできないと、体調管理には細心の注意を払ってきたため、そちらの方面ではなんとか持ちこたえたのですが、大会前日、自宅でメガネをはずしてばたばた動きまわっていたところ、ドアの付け根の角に右足を思いっきりぶつけてしまったのでした。激痛が走り、頭の中に「骨折」という文字が思い浮かんだのですが、幸いというかなんというか、右足薬指の裂傷だけで済み(指が2倍くらいに腫れあがってしまいましたが)、足を引きずりながらも何とか当日を迎えることができました。
当日は、関係者は9時に集合。参加者も順調に集まり、午前中は各部屋でそれぞれ8つの個別テーマで発表が行われました。
午後のスタートは、私の開催の挨拶の後、増田本部会長の基調講演です。増田会長には、前日も東海会の実務補習所で講演を行ってもらっており、その後夜の食事にもお付き合いいただいていたため、かなりのハードスケジュールになってしまいましたが、出席者約 450名、業界の最新情報をお聞きすることができました。
その後は「中日本五会 6000人アンケート」の発表で、いよいよ近畿会の佐伯さんの登場です。事前の打ち合わせでは、アンケート結果について、事実だけ淡々と話すという約束だったのですが、「マイクを持ったらこっちのもんでっせ」とばかりに、私見と独断と偏見を交えて大阪弁で約50分間(制限時間は40分の約束でしたが)、佐伯さんお得意の「いわゆる・・・」を連発させて、昔の過激派の演説をほうふつさせる様な大演説を激しく展開させたのでした。35分経過時点で、司会役の花野研修事業委員長が、「あと五分ですぞ」とばかりに、演台の前に立って佐伯さんにプレッシャーをかけたのですが、そんなこと何するものぞ、佐伯節は衰えることを知らず、その後も延々と続いていったのでした。でも、正直いって大変おもしろかったです。
一呼吸おいていよいよ本日のメインイベント、パネルディスカッションの開始です。テーマは「公認会計士監査の現状と将来」という重いテーマだったのですが、コーディネーターの稲越先生が、中川大臣や佐伯さんを題材にジョークを連発してくれたおかげで会場も和らいだ雰囲気となり、パネリストに対するシナリオにない問いかけもあったようですが、うまくまとめ上げていただきました。皆さん、ありがとネ。
今回の中日本五会研究大会が無事終了したおかげで、昨年7月の全国研究大会に引き続き行われた私の任期中の大イベントは、とりあえずこれで終了です。責任を果たせてなんとなくホッとした心境です。後は任期終了まで通常業務を流していけばそれはそれでよいのですが、それだけでは面白くないので、またいろいろ考えることにします。
昨年7月に名古屋で全国研究大会が開催されましたが、引き続き私の任期中でしかも同じ事業年度内に、今度は中日本五会(つまり東海・近畿・北陸・京滋・兵庫の各地域会)の研究大会が、2月21日に開催されました。
この大会が終了するまでは絶対に風邪をひくことはできないと、体調管理には細心の注意を払ってきたため、そちらの方面ではなんとか持ちこたえたのですが、大会前日、自宅でメガネをはずしてばたばた動きまわっていたところ、ドアの付け根の角に右足を思いっきりぶつけてしまったのでした。激痛が走り、頭の中に「骨折」という文字が思い浮かんだのですが、幸いというかなんというか、右足薬指の裂傷だけで済み(指が2倍くらいに腫れあがってしまいましたが)、足を引きずりながらも何とか当日を迎えることができました。
当日は、関係者は9時に集合。参加者も順調に集まり、午前中は各部屋でそれぞれ8つの個別テーマで発表が行われました。
午後のスタートは、私の開催の挨拶の後、増田本部会長の基調講演です。増田会長には、前日も東海会の実務補習所で講演を行ってもらっており、その後夜の食事にもお付き合いいただいていたため、かなりのハードスケジュールになってしまいましたが、出席者約 450名、業界の最新情報をお聞きすることができました。
その後は「中日本五会 6000人アンケート」の発表で、いよいよ近畿会の佐伯さんの登場です。事前の打ち合わせでは、アンケート結果について、事実だけ淡々と話すという約束だったのですが、「マイクを持ったらこっちのもんでっせ」とばかりに、私見と独断と偏見を交えて大阪弁で約50分間(制限時間は40分の約束でしたが)、佐伯さんお得意の「いわゆる・・・」を連発させて、昔の過激派の演説をほうふつさせる様な大演説を激しく展開させたのでした。35分経過時点で、司会役の花野研修事業委員長が、「あと五分ですぞ」とばかりに、演台の前に立って佐伯さんにプレッシャーをかけたのですが、そんなこと何するものぞ、佐伯節は衰えることを知らず、その後も延々と続いていったのでした。でも、正直いって大変おもしろかったです。
一呼吸おいていよいよ本日のメインイベント、パネルディスカッションの開始です。テーマは「公認会計士監査の現状と将来」という重いテーマだったのですが、コーディネーターの稲越先生が、中川大臣や佐伯さんを題材にジョークを連発してくれたおかげで会場も和らいだ雰囲気となり、パネリストに対するシナリオにない問いかけもあったようですが、うまくまとめ上げていただきました。皆さん、ありがとネ。
今回の中日本五会研究大会が無事終了したおかげで、昨年7月の全国研究大会に引き続き行われた私の任期中の大イベントは、とりあえずこれで終了です。責任を果たせてなんとなくホッとした心境です。後は任期終了まで通常業務を流していけばそれはそれでよいのですが、それだけでは面白くないので、またいろいろ考えることにします。
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