~監査法人は統合の歴史である~
経済界では、企業同士の統合が破談になるケースが最近目につきます。たとえば「キリンHD(ホールディングス)」と「サントリーHD」の統合中止や、「高島屋」と「H2O(阪急百貨店と阪神百貨店の経営統合によって誕生した持株会社)」の決裂は記憶に新しいし、我が故郷の秋田でも県内にあるスーパー4社の経営統合が撤回されたというニュースが流れていました。お互いにメリットを見出して統合を進めていったのでしょうが、その過程で考え方や戦略の相違、社風の違い等いろいろ異なる思いが出てきたのでしょう。そのあたりは経営のトッププロ同士が交渉に当たっているのですから、感性を研ぎ澄まし、敏感に微妙なにおいを感じとるのでしょうね。
監査法人は、特に大手はそうですが、統合の歴史そのものです。両手の指が足りなくなるのではと思えるくらい統合を繰り返して、多くの事務所がひとつの事務所として成り立っています。公認会計士は会計・監査のプロであり、一人ひとりがプロ意識を持って行動してしまうため、従来はサラリーマン意識というものはほとんどありませんでした。統合によって組織がだんだん大きくなってくると、サムライ会計士の多い事務所全体をまとめていくというのは、なかなか大変なことだと思います。
一般の事業会にとっても、会社が大きくなるということは望ましいことにちがいありません。しかし、そこで働くことになる個人個人にとっては、一概そうとは言えないことなのであると、最近いろいろ考えさせられるのです。統合によって、それまではできなかったような、いろんな業務をできる機会に恵まれ、自分をさらに飛躍させることのできる人もいるでしょうし、異なる環境の中で目立たなくなってしまう人もいると思うのですね。
経済界で統合を目指す経営のプロの方は、統合比率のことや統合後の戦略等の他にも、そこで働く個々人の幸せまで考えて行動しているのかどうか、大変興味があります。個人の幸せまで考えて行動できる経営者は、人間的にも大きな人なのでしょう。
企業がグローバル化し、生き残っていくためには規模の利益を追求する必要があるとは思うのですが、そこで働く個人の幸せも考えて行動できる人こそ、必要とされるのだと、最近特に思うのです。
2010年8月6日金曜日
顧問として役員会に出席した
~46な日々・・・趣味の世界へ~
7月30日、松岡新会長の下での東海会役員会に、顧問として初めて出席したのですが、なんだか気恥ずかしというか居場所がないというか、変な気持でした。今回の役員会では、各委員会の委員長の先生方全員から、それぞれ今後の方針や活動状況を報告していただくという新しい試みがなされていたのが印象的でした。私のときは、自発的にお願いしていたのですが、このほうがいろんな情報を役員の方で共有できますし、会も緊張感があっていいのではないでしょうか。
私が勤めていた3年間は、それ以前の引き継ぎ事項を最初の1年目でほとんど解決し、後はのびのびとやらせていただいたのですが、自分で企画してできなかったことがたった一つだけありました。それは東海会4県合同の同好会を作る企画として、東海4県から同好の仲間を集めて、バンドを作ることでした。岐阜県会のT先生がアコースティックギターを弾くとお聞きしていましたし、ブログや東海会ニュースでも呼びかけていましたので、3年間あればなんとかなるのではないかと考えていたのですが、結局集まらず断念したいきさつがあります。あわよくば前川前会長が退任時の総会で三味線を御披露したように、私も総会でコンサートでもやろうと考えていたので、多少残念な思いがありました。
その代わりと言っては何ですが、7月5日に観光ホテルで久しぶりにバンドを組んで演奏を行いました。バンドメンバー6人で、若宮にあるBLスタジオに3週連続土曜日にこもって練習をし、スタンバイOK。当日の演奏中は声援や手拍子ありで、自分の演奏している音や他の演奏者の音がよく聞こえないくらい盛り上がり、うまく弾けたのかどうかもよくわからなかったくらいなのですが、やってよかったと満足しました。そして、このバンドでベースを担当していただいたのが、なんと驚くことなかれ、今の東海会副会長の山田順先生なのです。ありがとね。終わった後は目標がなくなり、なんとなく気持ちの張りがなくなってしまったのですが、来年あたりはドラムとキーボードも加え、日経主催の全国オヤジバンド中部地区予選会ぐらいには出てみたいと思っているのです。バンド名はまだ考えていないのですが、「IFRS」をちょっと曲げて「JFRS」、訳して日本不良中年、あるいはカッコよく「ミッドストリート」なんかを考えています。
会計士の仕事は緊張感を伴う仕事が多いため、やはり趣味を持つことは必要ですね。私の仲間でも、金魚の世話をしたり、水晶を集めて心の安らぎを求めたり、最近になってフルートやサックスを始めた方もいらっしゃいます。カメラの収集(常にマイカメラを持ち歩いている人)、孤高のギタリストを自称する人、オーディオマニア等さまざまです。
そうそう、そういえば、私が今制作依頼中の神代欅のギターの制作過程が、ヤイリギターのホームページで公開されることになりました。
私も朝家を出る前に、ギターを10分間くらい弾いてみたり、朝夕抹茶を入れて心を落ちつけたりすることで、自然にハードな仕事を乗り切る工夫をしているのだと思っています。
7月30日、松岡新会長の下での東海会役員会に、顧問として初めて出席したのですが、なんだか気恥ずかしというか居場所がないというか、変な気持でした。今回の役員会では、各委員会の委員長の先生方全員から、それぞれ今後の方針や活動状況を報告していただくという新しい試みがなされていたのが印象的でした。私のときは、自発的にお願いしていたのですが、このほうがいろんな情報を役員の方で共有できますし、会も緊張感があっていいのではないでしょうか。
私が勤めていた3年間は、それ以前の引き継ぎ事項を最初の1年目でほとんど解決し、後はのびのびとやらせていただいたのですが、自分で企画してできなかったことがたった一つだけありました。それは東海会4県合同の同好会を作る企画として、東海4県から同好の仲間を集めて、バンドを作ることでした。岐阜県会のT先生がアコースティックギターを弾くとお聞きしていましたし、ブログや東海会ニュースでも呼びかけていましたので、3年間あればなんとかなるのではないかと考えていたのですが、結局集まらず断念したいきさつがあります。あわよくば前川前会長が退任時の総会で三味線を御披露したように、私も総会でコンサートでもやろうと考えていたので、多少残念な思いがありました。
その代わりと言っては何ですが、7月5日に観光ホテルで久しぶりにバンドを組んで演奏を行いました。バンドメンバー6人で、若宮にあるBLスタジオに3週連続土曜日にこもって練習をし、スタンバイOK。当日の演奏中は声援や手拍子ありで、自分の演奏している音や他の演奏者の音がよく聞こえないくらい盛り上がり、うまく弾けたのかどうかもよくわからなかったくらいなのですが、やってよかったと満足しました。そして、このバンドでベースを担当していただいたのが、なんと驚くことなかれ、今の東海会副会長の山田順先生なのです。ありがとね。終わった後は目標がなくなり、なんとなく気持ちの張りがなくなってしまったのですが、来年あたりはドラムとキーボードも加え、日経主催の全国オヤジバンド中部地区予選会ぐらいには出てみたいと思っているのです。バンド名はまだ考えていないのですが、「IFRS」をちょっと曲げて「JFRS」、訳して日本不良中年、あるいはカッコよく「ミッドストリート」なんかを考えています。
会計士の仕事は緊張感を伴う仕事が多いため、やはり趣味を持つことは必要ですね。私の仲間でも、金魚の世話をしたり、水晶を集めて心の安らぎを求めたり、最近になってフルートやサックスを始めた方もいらっしゃいます。カメラの収集(常にマイカメラを持ち歩いている人)、孤高のギタリストを自称する人、オーディオマニア等さまざまです。
そうそう、そういえば、私が今制作依頼中の神代欅のギターの制作過程が、ヤイリギターのホームページで公開されることになりました。
私も朝家を出る前に、ギターを10分間くらい弾いてみたり、朝夕抹茶を入れて心を落ちつけたりすることで、自然にハードな仕事を乗り切る工夫をしているのだと思っています。
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