カテゴリリンク

2014年5月30日金曜日

ゾディアのその後

~手になじんできたウェッジ~

 ゴルフをプレイするなかで、ウエッジは最もフィーリングを重視するクラブだと思います。それゆえ、一度手にしたら、なかなか買い換えることはないし、買い換えたら慣れるまでにはかなり時間がかかります。拙ブログで以前ご紹介した「ゾディア」のウエッジですが、最近やっと自分の手の一部になりつつあります。


 もともとウエッジは、フォーティーンの50°と55°・59°(この2本はロフト角を調整していただいたもの)でDGシャフトのものを使っていたのですが、私が購入したゾディアのウエッジは52°と58°、シャフトはディアマナサンプの重いほう(それでもDGより10gほど軽い)でした。

 ゾディアのウエッジはスピンがかかるし、ロフトがフォーティーンより多かったため、使い始めると高く上がってなかなか距離が合わなかったのですが、シャフトの先端に鉛を張ることでDG並みに重くし、そしてラウンドを重ねているうちに、なじんできました。ゾディアはやはり顔がいいので、もう手放せません。

 ゾディアからは、ドライバーやアイアンも出ています。特にアイアンは、出る前に予約で完売してしまうため、よほど情報に敏感でないと手に入らないでしょう。ということで、ウエッジがひと段落したため、今度はアイアンが気になりました。

 さっそく私のネットワークを駆使したところ、いい話を聞くことができました。直接工房で作るため、限定販売です。間に合っていればいいのですが・・・。私が退職した元の職場のゾディア仲間、若手公認会計士ゴルファーのUさんAさんYさんは、もうこの情報を把握しているのだろうか?


 話は変わって、エスペランサ村のある県の県庁所在地には、この県では最も名門といわれているゴルフ場があります。エスペランサ村からも通勤渋滞がなければ30分~35分くらいで行くことができるため、購入しました。税制改正で、ゴルフ会員権の譲渡損失の損益通算が、今年の4月以降できなくなるため、3月で売りが増え相場が安くなっていた時期でした。

 購入後はまだ一度もプレイしていないのですが、夏の暑い時期には名古屋でプレイするよりも、ここでプレイしたほうがよさそうですね。

 さて、私がネーミングした「南山ワンハンドレッドクラブ」ですが、他の仲間たちはすでに70回くらいラウンドしているようで、らくらくクリアできそうです。でも私はというと、ぎっくり腰の影響で2月から3月にかけて一か月以上クラブを握れなかったこともあり、まだ27回。 

 さすがにちょっと厳しそうですが、まだ7カ月ありますので、ぎりぎり間に合うかも。


2014年5月28日水曜日

二刀流

~公認会計士の選択・その2~


 プロ野球の世界では、日ハムの大谷選手が二刀流に挑戦しているようですが、専門家の意見では、投手に専念すればいいのにといった意見が大半です。私もそう思います。20勝できる逸材だし、将来大リーグにいっても活躍できるでしょう。ドラフト前に思い描いていた夢を、早く思い出してほしいものです。


 その点、私たち公認会計士・税理士の世界はいいですね。自分でその気になれば、仕事の範囲を広めることができます。監査に税務、パブリックにコンサル・事業再生、それに上場準備からタックスプランニングのアドバイス、さらにいえば農業ゴルファー等幅広く活躍できます。もちろんそれに伴い、たゆまざる勉強と行動力が要求されるのは言うまでもありません。


 さて、先日会計士協会東海海から送られてきた「地方自治体に対するアンケート」ですが、なかなかいい企画でした。今後地方自治体には、複式簿記を活用した財務書類の作成が義務付けられるでしょうから、個人の会計士が活躍する機会が増えるはずです。勉強しておきましょう


 私が行政評価委員をやっている愛知県は、東京都・大阪府に続いて、今年度から複式簿記を適用した財務書類を作成しています。その行政評価委員ですが、すでに2期4年担当しており、6月3日には任期が終了するため、どうしようかと考えていたのですが、県としてはその財務書類を行政評価にも活用するようです。そうであるならば、ここは公認会計士の出番です。活躍するチャンスではないですか。

 ということで、愛知県の行政評価委員は引き続き担当させていただくことに。今までの私の公認会計士としての経験がきっと役に立つはずですし、私としても大変興味があります。


 また愛知県からは、今年の4月から公益認定等審議会の委員としてのお仕事もいただきました。昨日の「NHKクローズアップ現代」でも特集されていたように、公益法人改革は道半ばというか、まだまだ解決しなければならない課題があるようです。少しでも力になれるよう、がんばりましょう。

 そして10月には、昨年初めて参加した県の公開ヒアリング(いわゆる事業仕訳)も引き続き行われるようです。


 二刀流だろうが三刀流だろうが、興味のあることはなんでもやってみるのです。



2014年5月26日月曜日

タケノコ堀り

~里山生活~


 エスペランサ村から戻ってきた私たちのところに、一本の電話がかかってきました。拙ブログの「原木しいたけ」に登場した名古屋市のMさんです。Mさんは、週末になると、ご自分で手に入れた恵那の里山を訪れ、畑を耕したり果樹を植えたり山菜をとったり、と〝農的生活〟を満喫されているのです。この生活を始めてから20年になるそうです。今回は「タケノコを掘ってみませんか」というお誘いでした。もちろん喜んで行くことにします。


 前回Mさんの里山を訪問したのは、これから春を迎えようとしていたときでしたので、木々が芽吹く前でした。新緑のときはさぞかし素晴らしい景色になっているだろうと想像できたため、その時にはぜひ再び訪れてみたいと考えていたのです。


 電話をいただいた翌日、恵那まで車を飛ばします。2回目なので狭い道にも慣れてきました。再び訪れた里山は、萌黄色(もえぎいろ)、鶸色(ひわいろ)、柳色などなど...美しい新緑でおおわれています。里山にあるログハウスの近くから見た景色は、まるで北欧を思い出させるものでした(行ったことないですけど)。


 3月に、Mさんの指導のもと堆肥研究家が植えたジャガイモは、ほらこの通り、無事に葉を伸ばし始めていました。


 周りを散策していたら、趣のある井戸を見つけました。エスペランサ村にも井戸があるので、これは参考になります。


 さて、今回訪れた目的は、タケノコ掘りです。今回は、私たちのほかに若者二人も参加します。おお、まだ20代の男女です。Mさんは料理学校にも通っていて、そこで知り合いになった生徒さん(女性のほう)が「ぜひやってみたい」ということのようでした。とても礼儀正しいお二人で、感心しました。


 鍬を担いで(担いだのは若者ですが)10分ほど歩いたところに、Mさんの別の畑がありました。畑の奥のほうに入っていくと、竹林があります。いよいよ採取開始です。タケノコがいたるところに顔を出しているのですが、その根元に向けて、鍬を一閃します・・・といえばかっこいいのですが、何しろ竹林の中ですのでなかなか思うように鍬を大上段に振り下ろすことができません。


 
 鍬を振り下ろしていると、だんだんコツがわかってきます。そして実際にタケノコが採れはじめると、面白くて止まらなくなります。次第に没頭して無口になっていくのです。


 タケノコ掘りは力仕事ですので、堆肥研究家がタケノコを発見し、それを越麻呂が掘り取るという役割分担です。ずいぶん採れました。

 
 ふたりの若者は、ケータイで二人並んで写真を撮って喜んでいます。いい光景ですね。私はひたすら、とった筍を袋に詰め込んでいます。たくさん掘ったのはいいのですが、掘りすぎて重いです。丈夫なずた袋に詰め込んで歩いた来た道を逆戻り。うわ~!それにしても重い・・・。


 Mさんはタケノコの掘り方を懇切丁寧に教えてくれましたし、道々食べられる野草やさまざまな草木の名前も教えてくれます。う~ん、すごい。「スカンポ」なるものも初めて知りました。それから、わらびの取り方も教えていただいたのですが、はじめてやってみると、こちらもつい夢中になってしまいます。(自宅に持ち帰ってあく抜きした写真です。)


 タケノコ掘りの帰り道の途中で、珍しいバスの時刻表を発見しました。一日に一本しかないバスの時刻表です。



 いただいた筍は、二人では食べきれないため、ご近所におすそわけです。そして、我が家のタケノコ(の一部です)がこれ。


 おいしかったのは言うまでもありません。エスペランサ村にも竹藪があり、放っておくとどんどん広がってしまうと聞いていたので、どうしようかと考えていたのですが、どうやら結論が出たようですね。



2014年5月23日金曜日

「整地・開墾編」第二幕に向けて

~つかの間の休憩~
 

 「越麻呂日記」のエスペランサ村関係を読んでいると、なんだか越麻呂はすでにエスペランサ村に移住してしまったのではないかと思えるくらいなのですが、実際には3カ月に一度10日~2週間ほど訪れているくらいです。

・7月上旬・・・現場視察
・9月下旬・・・購入する場所の範囲確定と図面確認
・12月下旬・・・測量と契約
・4月上旬・・・整地・開墾第一幕


 4月上旬に2週間ほど滞在していたのですが、その間の出来事を「越麻呂日記」では「整地・開墾編」として、4月18日から一昨日の5月21日までアップしてきました。今考えてみると、短期間でしたがなんと中身の濃い2週間だったのでしょう。他にもゼオライトの話や、集会所建築にまつわる話などもあるのですが、それはまた別の章で書いていきましょう。まだまだ越麻呂パワーは健在なのだ。


 さて次回訪れるときは、「整地・開墾編」第二幕ということで果樹の植樹が始まりますが、そのための準備を行わなければなりません。いよいよ堆肥研究家が本領発揮する場面です。Gさんからは、2トントラックで10台分くらいの完熟堆肥が必要なのではないか、と言われています。

 「うわっ、近づきたくない」と思ったのですが、堆肥研究家は「完熟堆肥はふかふかの土とおんなじだ」と平然としています。そうであるならば、こんどこそ中に手を突っ込んでみようではないですか。Gさんは「馬糞完熟堆肥」の手配までやってくれることになりました。

 感覚的には堆肥20トンでは足りないような気がします。まぁ一度に5,300坪の敷地を一気にやっつけてしまう必要もないでしょうから、いろいろレイアウトを考えながらじっくりやっていくことにしましょう。


 そして、設計家Nさんの奥様からはうれしい連絡です。Nさんのアトリエの庭には、さまざまな樹木や果樹・花が植えられているのですが、ご夫婦でここ20年くらいにわたって、アトリエの周りに毎年5本ずつブナの苗木を植樹しているのだそうです。そして、私たちにもどうですかと勧めてくださいました。


 エスペランサ村の敷地内あるいはその周辺には、まだまだ緑が必要だと思っていたところでしたので、この話は大変ありがたいです。30本確保していただけることになりました。今度訪れた時には、ブナの苗木の植樹も行わなければなりません。


 そして、7月にはいよいよ村の集会所の建築がはじまります。当初は4月着工の予定でしたが、いろいろあって3か月ほど遅れてしまいました。


 まだまだいろいろ大変ですが、ワシだってやる時はやりますけんね。


2014年5月21日水曜日

琵琶

~日本の伝統を引き継げないか~


 エスペランサ村から車で20分くらい行ったところの山麓にお寺があります。今回はそのお寺を訪ねました。


 今の住職のお父さんは2年前に亡くなられたのですが、とても本がお好きな方で、本の重みで床が抜けてしまったという伝説(ではなく、本当の話)のある方です。


 現在はその方の息子さんが後を継いでいますが、そのお母様が言われるには、お寺というのは住職とその家族が預かっているだけなので、後継ぎがいないと、そのお寺から退去しなければならないのだそうです。初めて知りました。幸いそのお寺では、三男の方が後を継ぎ立派に住職を勤めていらっしゃるので、しばらく安泰です。


 いろいろお話を伺っていた部屋には、代々の住職の方々の写真が掲げられていました。先代の住職は床が抜けるほど本が好きだった方ですが、そのお父様である先々代の住職の方は絶世の美男子だったそうです(掲げられている写真を見てもよくわかります)。そして、「琵琶の名手」だったと。おお、琵琶ですか。


 「琵琶」と聞いて、私の興味は一気に深まります。シンガーソングライターの小椋佳さんが、数年前から日本の伝統的な楽器である琵琶に深くのめり込んでいるという話は、何かで読んで知っていましたが、その琵琶の名手だといいます。私も昨年、正倉院の琵琶をイメージしたギターを、ヤイリギターさんに作っていただいたばかりです。


 さっそく私は尋ねます。

 「それでは、琵琶が今でもこのお寺にあるのですか?」

 思わぬ答えが変えてきました。

 「ほら、あなたのすぐ後ろにあるのが琵琶ですよ」

 「えっ?」


 私の後ろは床の間になっており、掛け軸が飾られていたのですが、床の間の片隅には大きさが1メートルくらいあるでしょうか、古い布に包まれた、いかにも琵琶をくるんでいそうな形をしたものが立て掛けてありました。


 「この布の中に琵琶が入っていると・・・」

 いったん興味を持ってしまうと、私も止まりません。

 「開けてもいいですか」


 古い琵琶だと思われましたので、傷をつけないように慎重に布を脱がせていきます。中から立派な琵琶が出てきました。


 弦が緩んでいたし(締め方はなんとなく想像できましたが)、調音の仕方がわからなかったため、実際にかき鳴らすことはできませんでした。でも、こんな感じかなと琵琶をもって構えてみると、なんとなくしっくり感がありました。基本的なことを覚えれば、弾けそうな気がします。


 「たまにここへきて弾いてもいいですか」と私。そうしたらお母様は、

 「この琵琶を弾く人は、もうこのお寺には誰もいないので・・・」

 と、私にその琵琶を譲ってくれるというではありせんか。


 突然の申し出に驚いてしまったのですが、もともと琵琶には興味があったし、三味線をやってみようかとも思っていたところです。新しい楽器に挑戦するなら、私にとってはこの琵琶のほうが魅力的です。でも、さすがに今日の今日、お寺の琵琶を持ち帰るというのは、ちょっと抵抗があります。きちんとその琵琶を古布でくるんで、いったんお返しました。


 あの琵琶、ヤイリギターさんで、再生できないだろうか



2014年5月19日月曜日

Yさんの建物

~施主と設計家と工務店のトライアングル体制~

 都会から移住してきて、今ではレストランを経営しているYさんのところでいろいろお話を伺ってきた話は、拙ブログにも書いたとおりですが、さらにGさんを交えて話をした際に、レストランの建物の話も出ました。ちなみにGさんは、インテリア関係の会社も経営しています。


 このレストランは、平屋で天井が高く、気密性に優れています。また、珪藻土の壁の色といい柱の色といい、我々の思い描いていたイメージにかなり近いと感じました。そこで、設計家の方のお名前をお聞きしてみたところ、Sさんという方でした。


 私たちが依頼している設計家のNさんは、「高気密高断熱」では日本の第一人者ですが、NさんはSさんの師匠にあたる方なのだそうです。うわっ、世の中やっぱり、狭いですね。


 さっそく建物の建築に至るまでのお話も伺うことにしました。

 
 そこでの話の中で面白かったのは、珪藻土の塗り壁の話でした。壁は、塗り壁にこだわったようですが、クロス張りにくらべてずっと高くつきます。Yさんは自分のレストランにより愛着を持てるようにするという意味も込めて、ご自身で壁塗りをしようとしたらしいのです。しかし、工務店の方に、「施主様の安全を考えると、それだけはやめてください」と説得されたとのことでした。


 名古屋に戻って、改めてYさんのブログを読んでみたのですが、事前にかなり詳細な計画というか工程表を作成されていて、しかも着実に実行しています。


 私はというと・・・計画性がないというか・・・行き当たりばったりというか・・・思いつきというか・・・。でも、その都度いろんな予想もしなかったようなハプニングがあるので楽しいです。「オレ流」でやることにしましょう。

2014年5月18日日曜日

唐三彩のぐい飲みは珍しいらしい

~鑑賞するだけですが~

 唐三彩が難しいのは、唐時代という1300年ほど前に作られたにもかかわらず、新しく見えることです。土の中から掘り出したのではなくて、墓の中に装飾品としてあったものが、そのまま発見されたことから、時間がたっているとはいえ、制作当時のままの姿を保っているのだと思います。
 

唐三彩は、長い間その存在自体気が付かれていなかったようですが、偶然発掘されたことをきっかけに、大量のものが出回り、日本にもかなり入ってきたようですね。

 
物としては、動物や人物が多く、器自体は珍しいそうです。唐三彩は新しく見えるものが多いため、贋物も多いといいます。ネットで調べてみると、真贋の見分け方が書かれていましたが、よくわかりませんでした。

 
 唐三彩は焼成温度が低く、陶器としては比較的柔らかいため、実用には適さないかもしれません。たとえ購入したとしても、お酒を注ぐのはためらってしまうでしょう。

 
 粉引や唐津は使うほどに味が出てくるため、無理をしてでも使おうとしますが、唐三彩はとてもきれいな色をしていますので、お酒で変なシミでも出てきたら、それはそれで困ったことになってしまいます。

 
 鑑賞するだけにしておきましょう。






2014年5月16日金曜日

雑木林の準備

~育てよ樹木~

 エスペランサ村の集会所の建物の周りには雑木をたくさん植えて、雑木林をつくります。そのためには雑木を確保しておかなければなりません。広い敷地なので、お洒落な庭を作るというよりも、とにかく植える木の数を増やしましょう。


 拙ブログ「移植」のところにも書いたように、とりあえず20本ほどは確保しました。一本一本の作業は、なかなか大変です。




 先日、仮置きさせていただいている場所の所有者の方から電話をいただいたのですが、この地域も随分春めいてきて、仮植えの樹木もだいぶ芽吹いてきたということでした。秋にエスペランサ村に本格的に移植しても、きっと立派に育つことでしょう。


 ほかにもFさんに頼んで、30本ほど目安をつけていただきました。なかには8mほどの樹木もあるそうです。

 もともとFさんの会社には、自社の畑で育てた木がたくさんあるといいます。杉林から間伐した樹木や、自然競争で負けてしまうような幼木も、畑で大切に育てています。今回は、そのような樹木も確保していただきました。

畑で養生中の樹木です。



 掘り取り作業を行い・・・



そして、仮植えします。



 整地が終わり、村の集会所の建物建設が終わったら、いよいよエスペランサ村に樹木を移植していくことになります。元気に育ってほしいです。

 まだまだ道のりは長いですが、楽しみです。


2014年5月15日木曜日

OB会

~公認会計士の選択~

 久しぶりにOB会(この場合最後に退職した職場の)でした。OBの個人的な飲み会は、月に一度くらい開催しているのですが、この会はこれからさらに人数を増やしていこうと思っている会です。四半期に一度くらいは開催しましょう。


 前愛知県会長のYさんは、最近税理士登録をしたと笑っていました。また、Iさんは、「私もエスペランサ村で働きたい」と言っています。ただ、早起きが苦手なので・・・とも。

 でも心配ご無用です。エスペランサ村ではいつ起きてもいいし、腹が減ったら飯を食べ、出したい時に出し、働きたくなったら働いて、夕食時にはビールを飲み、眠くなったら寝ていただいて構わないのです。そのかわりお金は払えませんが、好きな時に「食う・寝る・飲む・出す」です。昔こんなタイトルの本を読んだっけ。

 
 村の集会所が完成するのは11月の予定だし、梅の実は今でも収穫ができますが、これから果樹の植え付けを行っても実際に収穫の時期を迎えるまでには2~3年はかかるでしょう。それまで少し待ってほしいのだ。


 さて、集まった皆さんは、みんな話題が豊富なので、以前の職場の話はほとんど出なかったのですが、一つだけ私が耳にしたのは、私が所長をやっていたころに一緒に頑張ってくれた人たちが、どんどん退職しているということでした。

 昔の私ならば、「それは残念だ、大丈夫だろうか」と心配になるところですが、自分が退職してみると、むしろ「よし、がんばれよ!」と応援したくなります。そういえば昨日のメンバーでも、定年で退職した方は一人だけです。


 「監査法人に勤務する以上は、どうしても監査報告書にサインしたい」あるいは「もともとサラリーマン生活を送るつもりだったが、たまたま勤務先が監査法人だった」、そのほかいろいろな事情で勤務し続けるのも選択肢の一つでしょう。

 でも、私のようにもともとサラリーマン生活が務まらない人間も会計士には多くいるでしょうし、優秀な人材はどんどん外の世界で活躍すればいいでしょう。監査は向かなくても例えば営業に向いている人や、会社のために頑張り、会社と一緒になって成長していきたいと考えている人もいるはずです。


 みんなそれぞれいろんな事情があるのでしょうが、どの選択肢を選ぶにしても、私をいろいろ助けてくれた人たちには、退職してもいい会計士人生を歩んでいただきたいです。



2014年5月14日水曜日

野鳥を呼ぶ山の木の庭

~庭見学~

 野鳥は環境に敏感です。環境が荒れてくると、もうその周辺には近づかなくなります。もちろん人間社会も同じです。でも逆に、環境がいいと野鳥がだんだん集まるようになるようです。今住んでいる自宅のマンションは、ベランダいっぱい植物で埋め尽くされているのですが、たまに野鳥がやってきます。昨年までは、鶯が止まって鳴いていました。「ホーホケキョ」。練習すると、だんだんうまくいなっていきます。


 さて、エスペランサ村の庭作りをお願いしている庭師のFさんの案内で、ご自身が作庭された「野鳥の来る庭」を見学することになりました。以前FさんのHPを見て、いいなぁと思っていた庭でした。依頼された方は、Fさんに「ぜひ野鳥がやってくる庭にしてほしい」とお願いされたそうです。


 庭のある場所は、県庁所在地の比較的中心部にあるお宅です。本当に野鳥がやってくるのだろうか?


 春の気配はするけれどまだまだ寒いこの時期、庭に植えてある木や山野草はまだまだこれからです。木の蕾もやっと膨らみ始めたばかりでした。




 Fさんから、植えてある植物についていろいろ教えていただきます。

 しばらくすると、Fさんが小声で「あっ、来た!」と叫びます。野鳥が飛んできました。種類はよくわかりませんが、野鳥は何種類かいるようです。最初は警戒していたのか、やってきてもすぐ離れていくのですが、しばらくすると安心したようで、木に止まってじっとしています。


 そのうち、庭に下りてきてタネをついばんだり、超低空飛行で飛びまわったりしています。まだ寒い時期なのに、こんなに野鳥が集まってくるというのは、よほどいい環境なのでしょうね。


 庭に中には、小さいながらも水の流れがありました。雨水を雨水タンクにため込んで、そこから流れるようにしているそうです。あちこちに様々な工夫が凝らされていました。これからどんどん緑が増えていくのでしょう。 


 新緑の時期が待ち遠しいです。









2014年5月12日月曜日

広がる「チームエスペランサ」助っ人の和

~82歳の助っ人~

 昨年の7月、不動産会社の社長に連れられてこの地を訪れた時に、最初に紹介してもらったご近所の方が、Mさん夫妻でした。15年ほど前に、県庁所在地から、あえてこの地に引っ越ししてきたそうです。この地に愛着を感じているようでした。


 Mさんは、300坪くらいの敷地に自宅を建て、庭を作ってもみじの木などを植え、また畑を耕して悠然と暮らしています。居間の大きな窓から見た、たくさんの木々が風にそよぎ緑にあふれていた風景がとても印象に残っています。


 「この地域は地盤が固いので地震が来てもあまり気にならないし、山に囲まれているので風も強くはない。四季折々の風景が見事だ。」とおっしゃっていました。Mさんによると、昭和30年代には、この地で牛が放し飼いにされていたそうです。なるほど、それで土が赤土っぽくないのですね。


 Mさんの自宅の裏側には、小屋があります。以前はここでHさんが鶏を飼っていたのですが、イタチにやられることがあったため、現在は別の場所で鶏を飼育中とのことです。今では小屋は使われることなく、戸などが一部壊れたままとなっていました。


 今回私たちが購入した敷地にはこの小屋もふくまれているので、せっかくなので使うことにします。ちょっと修繕すれば十分使用に耐えます。


 朝早くエスペランサ村を訪れると、Mさんご夫婦がすでに畑にいます。そうか、この地域では今は畑を耕す時期なのですね。奥様も熱心に鍬をおろしています。もうかなりのベテランのようです。我々は素人ですので、あとでいろいろ教えていただくのだ。


 さて、私たちが「暗渠」用の溝に剪定枝や伐採木を投げ込む作業に夢中になっていたら、なにやら小屋のそばでMさんも作業をしています。
 「何をしていらっしゃるのですか」とのぞいてみると、Mさんは、小屋の内外の不要な板や材木等を細かく切って紐で結んでいます。私たちがいつでも小屋を使えるように、散乱した材木等をきれいに片づけてくれているではありませんか。(小屋のそばのピンクの服の男性)


 Mさんは、Hさんとはかなり親しくされているようで、Hさんより一つ年上だと言っていました。そうすると、今年82歳です。皆さん、頼りない私たちを心配しているのか、応援してくれているようです。涙が出るほどありがたいです。


 素人の私たちは、これだけの広い土地ですので、二人だけでは何もできません。でも、こうやって汗水流して一生懸命頑張っていると、みんな助けてくれるんだなぁと、しみじみとした気持ちになります。


 帰り際、車を出そうとしたところ、エスペランサ村の隣にある大規模な畑の前にケートラが一台止まり、おじいさんが降りてきました。前から気になっていた畑です。



 私はさっそく声をかけます。

 「もしかして、この畑を耕している方ですか」そうすると、そのおじいさんは、

 「ここの畑の持ち主が86歳を過ぎて畑に来られなくなったので、頼まれて、借りて耕しているのだ」と言います。

 これだけの見事は畑は、やはりプロの仕事に違いありません。借りている方は「自分もかなり高齢だからもうやめようと思ったのだが、もう一年がんばる」と言っていました。

 「一年といわず、ずっとやってください。これからお隣で畑仕事をするので、教えてください。くださいったらくださいな」と私。

 強引にお願いして、その場を後にしたのでした。

 「チームエスペランサ」の和(輪)を広げていくのだ。




 

2014年5月11日日曜日

六角は黄瀬戸だけだと思っていた

~同一のプロデューサー?~

 六角というと思い浮かぶのが、当然のことながら黄瀬戸であり、椿手のぐい飲みです。茶人好みと言われているようですが、茶人ではない私としても、一つは持ち合わせていたいものです。

 
 六角は、この2種類だけだと思っていたのですが、1996年の「緑青」という雑誌を見ていたら、織部の六角もあるということがわかりました。緑釉が上品です。また、「ちょく」という古本を購入して写真を眺めていたところ、ここにも総織部の六角が掲載されていたのです。そうか、そういうことだったのか。六角には3種類あったのですね。
 

 それにしても、織部六角はどのようなきっかけで作られたのでしょう。同じ東海地方で作られたとはいえ、窯の場所は異なります。それぞれ別の陶工が、同じ時期に同じように頭の中に六角形が浮かんだのだろうか。あるいはお互い情報交換でもしていたのでしょうか。
 

それとも、同じ六角ということは、プロデューサーが同一人物だったのかもしれません。その頃は、特許というか意匠登録制度などなかったでしょうから、六角黄瀬戸をプロデュースした人が、織部を作っている陶工に、「六角は作ってはいけんよ、マネしちゃいかんよ」とは言えなかったとも考えられます。織部の陶工も、「黄瀬戸に六角という面白いものがあるから、ワシらも作ってみようではないか」といったことなのでしょうか。
 

 いろいろ空想してみると面白いのですが、私は学者ではないため、学術的なことはあまり追求しません。写真でも見て楽しむことにするのです。

 

2014年5月9日金曜日

ケートラ「越麻呂号」

~エスペランサ村の広告~

 エスペランサ村の近所を車で走っていると、ケートラが多いのに気が付きます。この辺りにはリンゴ園をはじめとして果樹園が多いし、畑や田んぼがたくさんあるので、農業を生業としている人が多いのでしょう。当然ケートラは必需品です。


 ケートラといえば、昨年鈴木自動車が「キャリー」を14年ぶりにモデルチェンジしました。かっこいいですね。ほれぼれします。いつかケートラを乗りまわしてみたいものだと考えていたのですが、よくよく見ると、運転席のところが絶壁になっています。ということは、仮にいったん事故に巻き込まれてしまったら、大けがをする確率は高いです。でも逆に言えば、運転席が絶壁ということは、それだけ視界良好ということですので、事故る可能性は少ないかもしれませんが・・・。


 
 街中を走っているケートラを見ていたら、あることに気が付きました。車体に自社の広告があるのですよ。なるほど、これはいいですね。ケートラに「エスペランサ村」と書いて、街中を颯爽と走るわけです。でも、堆肥研究家は、「エスペランサ」と書いても、新興宗教と間違われるのでやめたほうがいいと言っていますが・・・。


 ということで、ケートラを注文してしまったのですよ。これからは、買い物はもちろんゴルフ場や旅行に行くのにも、ケートラを利用したいです。


 街中で、「エスペランサ村」と書いてあるケートラを見かけたら、運転しているのは私ですので、ぜひ声をかけてください。



2014年5月7日水曜日

繰欠(くりけつ)と栗尻(くりけつ)

川柳番号11 繰欠が だめならただの 欠となる


~エスペランサ村の植物~

 


 エスペランサ村内を歩いていると、いろいろな植物たちに遭遇します。これから季節が移り替わるにつれて、私たちがまだ知らない植物もどんどん顔を出すことでしょう。

 Hさんにいろいろ教えていただきながら、堆肥研究家が図面に書き込んでいきます。秘密の〝野の恵み・山の恵み〟のありかです。


 今回偶然発見した植物の写真を少し。

 松林を整理していたら、なにやら足のすねのところに痛みを感じました。よく見ると、「タラの木」ではないですか。ちょと焦点が定まっていませんが。


 山菜の王者「タラの芽」は、こんなトゲトゲの無愛想な木の先端にできるのですね。あいにく芽はまだ小さかったので採るのはあきらめました。早く大きくなってほしいです。



 そしてそばには小さな「ツバキ」が顔を出しています。




 キレイになった松林には、明るく日が差し込んでいました。これから気持ちよくいろんな植物が成長していくことでしょう。そして、ここは絶好の「キノコ」の捕獲場所にもなるはずです。


 敷地の端っこを散策していたら、なぜか「水仙」が咲いていました。今まさに咲こうとしている蕾もあちこちに。エスペランサ村の春は近いです。

 







 
 さて、話は突然変わって、「繰越欠損金」です。簡単に言うと、会社が赤字になってしまうと欠損金が生じてしまうのですが、欠損金は翌年に持って行ける(つまり繰越すことができる、略して「繰欠」)ので、翌年度に黒字になったとしても、欠損金の分だけ差し引くことができます。結果的にその分だけ納める税金が少なくなるので、「繰欠」は大変重宝します。



 でも一方、赤字が続くと欠損金がどんどん膨らみ続けるのですが、肝心の利益が出ないと欠損金を差し引くことができません。そのうち期限が過ぎて、その欠損金は使えなくなります。いわば期限の過ぎたクーポン券といったところでしょうか。

 ※この辺りの解説は、以前監修させていただいた、公認会計士協会から発行された本「バーレモンハート 公認会計士特別編」に記載されています。



 堆肥研究家が、エスペランサ村内にどうやら「野蒜(のびる)」らしきものを発見したようです。本当に野蒜かどうかは、引っこ抜いてみればわかります。「えいやっ!」と力任せに引っこ抜いたところ、勢い余って思いっきり尻もちをついてしまいました。そして、なんとその下には、栗のイガイガがいくつも・・・。


 堆肥研究家は、30センチほど空中に飛び上がったでしょうか。お尻には、小学生のころBCGを接種したときのような、イガイガの跡が付いたそうです。


 「繰欠」ならぬ「栗尻」でした。つい、この川柳を思い出してしまいました。




2014年5月5日月曜日

水路

~エスペランサ村にブル登場~


 「暗渠」をこしらえる準備ができたので、次は水路です。水は高いところから低いところに流れるため、どこからどうやって流すか考えなければなりません。しかもこれだけ広い土地ですので、1ヶ所だけでは足りないのは明らかです。


 以前に水路として作ったと思われる溝があるのですが、だんだん狭くなってきているようで、もう一度新たに作り直さなければならないでしょう。


 果樹や畑を作るとなると、水源を確保していかなければなりません。畑の場所が決まったら、ため池でも作ろうかと考えていたのですが、Hさんが言うには「以前作った井戸があるはずだ」ということでした。


 
 Hさんの後をついていきます。枯れ草をかき分けて進むと、敷地の中になんと丸い井戸があるではないですか。しかもかなり深そうです。地上から出ている高さがあまりなかったので、知らないで歩いていたら、井戸の中に落ちてしまっていたかも。


 中をのぞいてみたのですが、自力で這い出てくるのは無理な深さです。この井戸はまだ十分使える、ということでしたので、後で手を加える必要がありそうです。


 さて、いざ水路を作ろうと思っても、相当な長さが必要です。人力でスコップを使っていたのでは、時間がかかりすぎますし、もう若くないので自分たちだけでは無理そうです。
 そこでプレハブ小屋を訪ねてHさんに相談したところ、「わしがやってやるから、任せなさい!」ということでした。


 翌日、エスペランサ村を訪れたら、村の中になんとブルドーザとバックホウが用意されているではありませんか。



 しかもすでに作業した跡があります。


 どうやらHさんが朝早くからエスペランサ村に来て、水が流れるようにブルで整地をし、バックホウで水路を掘り進めていたようでした。


 私たちはHさんに丁重にお礼を言ったのですが、Hさんは「重機を操るのは面白いし楽しいのだから、気にしないで」と笑顔で言ってくれました。私も、つい自分でもやってしまいたくなるような(無理ですけど)、楽しそうな笑顔でした。


 写真の水路ですが、曲りを作ることによって、そこに生物が生息しやすくなるのだそうです。


 

 Gさんがエスペランサを訪ねて水路をご覧になったようで、電話がかかってきました。「あの水路なら、もしかしたらホタルを呼び戻すことができるかもしれない」と。


 そうなったら、これほどうれしいことはありません。





2014年5月2日金曜日

ターザン

~蔦との格闘~


 さて、「暗渠」を作るという目的が目の前にできました。しかも、梅の剪定枝の処理だけではなく、松林の中の整理も同時に達成することができます。「ワシだってやるときはやるけんね」と、当然力が入ります。


 エスペランサ村の奥の松林には、これまで何度も入っていこうと試みたのですが、夏や秋は植物が鬱蒼と茂っていて無理でしたし、冬も雪が深くて躊躇していました。今回訪れてみると、松やニセアカシヤ(ハリエンジュともいいます)の木をけっこう伐採してくれたらしく、何とかなりそうです。
 でも、伐った後の大枝等が、そのままの状態になっていましたので、ここを整理するのはなかなか大変そうです。しかも、重機が入れないので、人力で行わなければなりません。


 ずっとデスクワーク中心の仕事をしてきたため、あまり動くことはありませんでしたが、これからは肉体労働にも力を入れます。単純に黙々と汗を流す仕事も気持ちがいいものです。


 松林の中に入ってみて驚いたのは、伐採されたはずの松の大枝や幹が、そのままぶらさがったままの状態になっているケースが多かったことでした。どこからやってきたのか、木質化した蔦が松の木に絡まっていて、一部同化しているのです。


 松の木がかわいそうに思えたので、絡まった蔦をほどいてあげます。「エイヤ~ッ!」と、堆肥研究家が渾身の力を振り絞って、蔦を引っ張っています。


 なかなかしぶといです。もう一丁。「これでどうだ~っ!」


 そして、剪定ばさみでさらにほどいてやります。


 松の木もずいぶんすっきりしたことでしょう。


 大変だったのはニセアカシヤの木でした。ニセアカシヤにはきれいな白い花が咲き、ミツバチの重要な蜜源になっているのですが、幹や枝には鋭いとげがたくさんついています。
 伐採されたこの木を、暗渠予定地に移動させるのは一苦労です。持つ場所を誤ると、指にとげが突き刺さります。堆肥研究家の軍手に、血がにじんでいました(堆肥研究家は好きなことをやっているときは、決して弱音を吐かないのです)。


 一通り作業が終わった後の松林です。中はきれいになりました。これでいつでも入っていくことができます。


 こういう作業は、頑張った分だけすぐに成果となって表れるので、報われた思いです。


 お昼は、梅並木の下に座り込んで、おにぎりをいただきます。あちこちで鳥が囀っています。まるでピクニック気分。昨年の今頃と比較すると、まるで別世界にいるようで、さわやかな気分を満喫することができました。