~英語で挨拶してくれときた!~
わが人生、51年も生きてしまうと、そろそろ残りの人生で何をやるかを考えてしまうのですね。今後何をやって、何をやらないかということを。これがまだ二十歳くらいだとすると、無駄な事でも大いに結構、いろんな事にチャレンジして、失敗しようが非難されようが、すべてのことが今後の人生において、すべて血となり肉となっていたわけです。
ところが、残りの人生が限られてくるとなるとそうはいきません。特に今後何をやらないか、諦めるかが重要な課題となります。例えば食べ物でいうと、私はイクラをあきらめてしまっています。というのも、高コレステロール体質を反省し、ウニかイクラかどちらかを選択せよという究極の難問を自らに課し、結局ウニを選択してしまったからです。かつ丼やアン肝もおそらく今後は食べないことでしょう。日本酒も、この先飲める量も限られていますので大吟醸だし、大好きなビールのほうも発泡酒は飲まないことにしています。
スポーツに関しても、もともと泳げないのでいつかは泳げるようになりたいと思っていたのですが、もう水泳教室に通うなどということもないのでしょう。泳ぐという快感を味わうことなく、我が人生は終わってしまうのです。スキーは事務所に入所当時、仲間と白馬や石打に行って楽しんだし、テニスも夏になると一週間のテニススクール軽井沢合宿に行ったりしたのですが、もう年だしなぁ、体も動かないしなぁ。せめてゴルフでシングルを目指すくらいでしょうか。
先日、自宅マンションの狭くなった我が書斎のスペースを広げて有効活用しようと、いらなくなったものを片っ端から捨てて整理していたのですが、出てきたのですね、英語の教材が山のように。アルクの英単語コースにスピーキングマラソンや英文法マラソン、TOEC650点コースに730点コース、それにスピードラーニング等々。
実は私は、標準語のほかに秋田弁と津軽弁の3ヶ国語を自由自在に操ることができるのですが、英語もものにしてしまおうと一時狂ったように英語を勉強した時期がありました。結局ものにならなかったし、今後残された我が人生において英語をマスターしようと努力することなどは二度とないであろうと考え、思い切って捨ててしまったのです。
あ~すっきりしたと思っていた数日後の10月1日、PCのメールを見ると、会計士協会の本部から、「10月4日のCAPA大阪大会の懇親会パーティで、乾杯の挨拶を英語でスピーチしてください」という要請があったのです。ぬわんだって?と思いましたね。さっそく練習してみたのですが、頭の中に入ってきません。日本語であれば、挨拶文を忘れてしまっても、何か適当にしゃべることはできるのですが、英語ではそうはいきません。忘れてしまったら頭の中は真っ白け、そのまま立ち往生ということになります。同じ役回りを仰せつかった東北会会長の鈴木さんにさっそく電話して、一緒に対策を練ったのですが、結局は読むしかないよなぁという結論でした。
さて、懇親パーティ当日、小宮山さんの挨拶の後、私の出番となるわけですが、小宮山さんは日本語で挨拶した後、なんと通訳なしで自分で英語で話し始めたではありませんか。これは困ったことになったと思ったのですが、いまさら何ともなりません。一応は暗記していたつもりでしたが、頭の中真っ白→立ち往生が怖かったので、日本語であいさつした後、英語を読むことにしました。緊張していたせいか、うまく発音できなかったのですね。ぐやじい!ただ、会場にいたほとんどの人たちが、日本人だったので、冗談で済んだというのが、せめてもの救いでした。
懇親パーティは、マジックショーのイリュージョンが素晴らしく、大変楽しく過ごすことができたのですが、終わった後友人から、「今日は楽しかったね、越山さんの英語も聞けたし」と冷やかされてしまいました。
今後の我が人生において、もう二度と英語では話さないケンネと、固く誓ったCAPA大阪大会でした。
2007年10月30日火曜日
2007年10月27日土曜日
金鯱の憂鬱
皆さんこんにちは。わたくし名古屋に住む金の鯱です。名前はまだありません。普段は名古屋城の天守閣で、合戦の頃の夢でも見ているのですが、先日あるイラストレーターから突然呼び起されました。聞くところによると、来年名古屋で行われる日本公認会計士協会の全国研究大会のポスターに出てほしいということでした。もともと私の役割は、火災が起きた際に水を呼ぶことですので、カネボウ事件やライブドア事件などで、世間からいろいろ非難の火の粉を浴びている業界の守り神としてはふさわしいのではないかと考え、ここは久しぶりに一働きすることにしたのです。
正式なポスターとして選ばれるにあたっては、ライバルがほかに2作ありましたが、特に大きな議論もなく、正副会長・広報部・事務局をはじめ東海会の皆さんに選んでもらいました。その後、イラストレーターに何度もお願いしていろいろ修正を重ねた結果、9月の下旬にやっと最終稿が出来上がったのです。
さっそく出来上がった作品を会計士協会本部に送ったところ、思わぬ反響がありました。越山東海会会長に送られてきたメールの内容は、本部役員の意見としては、「品がないので見直してくれ」といったものだったようです。
東海会としては、CAPA大阪大会に間に合うようにと作業を進めてきていたので、直前のこのような事態に苦慮したようですが、急遽写真をベースにした作品を2点(名古屋城を上空から撮影した構図のものと、駅前のビル群をデジカメで撮影しポスター用にアレンジしたもの)作り上げ、CAPA大会には3つの作品を用意して臨むことにしました。
もし仮にCAPA大阪大会での評判が悪かったら、「すまぬ・・・おれが悪かった!」といって、素直に名古屋城に帰ろうと思っていたのですが、これがなかなか評判よかったのですね。当日、次回開催地の宣伝ブースでポスターを掲げて待機していた東海会の渡邉さんたちも「評判いいんだわ」と上機嫌でした。本部研修一課の方も一件落着といった様子で、「いろいろもめましたが、よかったですね」と、一緒に喜んでいたのですね。私(鯱のことですが)もこれでほっと胸をなでおろし、いったん名古屋へ戻ることにしました。
10日ほどして、越山さんのPCに、本部研修一課から一通のメールが飛び込んできました。本部会館内の数箇所に名古屋研究大会のポスターを貼ることを確認したところ、一部の方々から今貼るべきではないと強い意見があったようです。
このことを聞いた私は、谷底に突き落とされたような気分でした。そこまで嫌われているのかと。私のこのむき出しの歯は生れつきのもので、これはいかんともしようがありません。もうギブアップです。公認会計士という職業のイメージに、私はどうやら合わなかったようです。このまま静かに身を引いて、越山東海会会長の机の前に貼っていただき、この業界の将来をずっと見守っていきたいと思います。
私を生み出してくれた皆さんへ。ありがとうございました。
正式なポスターとして選ばれるにあたっては、ライバルがほかに2作ありましたが、特に大きな議論もなく、正副会長・広報部・事務局をはじめ東海会の皆さんに選んでもらいました。その後、イラストレーターに何度もお願いしていろいろ修正を重ねた結果、9月の下旬にやっと最終稿が出来上がったのです。
さっそく出来上がった作品を会計士協会本部に送ったところ、思わぬ反響がありました。越山東海会会長に送られてきたメールの内容は、本部役員の意見としては、「品がないので見直してくれ」といったものだったようです。
東海会としては、CAPA大阪大会に間に合うようにと作業を進めてきていたので、直前のこのような事態に苦慮したようですが、急遽写真をベースにした作品を2点(名古屋城を上空から撮影した構図のものと、駅前のビル群をデジカメで撮影しポスター用にアレンジしたもの)作り上げ、CAPA大会には3つの作品を用意して臨むことにしました。
もし仮にCAPA大阪大会での評判が悪かったら、「すまぬ・・・おれが悪かった!」といって、素直に名古屋城に帰ろうと思っていたのですが、これがなかなか評判よかったのですね。当日、次回開催地の宣伝ブースでポスターを掲げて待機していた東海会の渡邉さんたちも「評判いいんだわ」と上機嫌でした。本部研修一課の方も一件落着といった様子で、「いろいろもめましたが、よかったですね」と、一緒に喜んでいたのですね。私(鯱のことですが)もこれでほっと胸をなでおろし、いったん名古屋へ戻ることにしました。
10日ほどして、越山さんのPCに、本部研修一課から一通のメールが飛び込んできました。本部会館内の数箇所に名古屋研究大会のポスターを貼ることを確認したところ、一部の方々から今貼るべきではないと強い意見があったようです。
このことを聞いた私は、谷底に突き落とされたような気分でした。そこまで嫌われているのかと。私のこのむき出しの歯は生れつきのもので、これはいかんともしようがありません。もうギブアップです。公認会計士という職業のイメージに、私はどうやら合わなかったようです。このまま静かに身を引いて、越山東海会会長の机の前に貼っていただき、この業界の将来をずっと見守っていきたいと思います。
私を生み出してくれた皆さんへ。ありがとうございました。
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徒然
2007年10月26日金曜日
サラカイセン ~118-122~
☆研究大会ポスター特集
118.物言わぬ 金シャチおまえは 何思う
119.ちょっと派手 いつの間にやら かなり派手
120.激動期 火を消す役は あなただけ
121.金シャチの 夢は戦場 駆け巡る
122.会計士よ 何をそんなに 騒いでる
118.物言わぬ 金シャチおまえは 何思う
119.ちょっと派手 いつの間にやら かなり派手
120.激動期 火を消す役は あなただけ
121.金シャチの 夢は戦場 駆け巡る
122.会計士よ 何をそんなに 騒いでる
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川柳
2007年10月16日火曜日
サラカイセン ~113-117~
113.一言で 右へならえの 組織です
114.負けが勝つ そんな仕組も 悪くない(クライマックスシリーズ)
115.LLP なぜかアナログ 思い出す
116.なんとかなる なりそでならない 内部統制
117.引抜を する品格の ない人よ
114.負けが勝つ そんな仕組も 悪くない(クライマックスシリーズ)
115.LLP なぜかアナログ 思い出す
116.なんとかなる なりそでならない 内部統制
117.引抜を する品格の ない人よ
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川柳
2007年9月15日土曜日
秋田で出会った怪しい税理士
~「たつ福の寿司は秋田で一番んめや」とその税理士は言った!~
今年に入ってからというもの、超多忙な日々が延々と続いていたのですが、8月に入ってやっと一段落したため、夏休みは実家の秋田に帰ってのんびり過ごすことにしたのです。秋田といえば条件反射的に、米どころ・秋田美人・地酒とくるのですが、私が秋田に帰った時の楽しみの一つに、おいしいお寿司屋さんに行くことがあります。
数年前ある税理士に、秋田でいちばんおいしいといわれているお寿司屋さん「たつ福」を紹介してもらって以来、私は、秋田に帰るたびにそこを訪ねるのを楽しみにしていました。したがって、今回の帰省にあたっても、もちろん目的は家族と久しぶりに顔を合わせることにあるのですが、「たつ福」に何回行くことができるかが重要なポイントとなっていました。
実家に帰ってからさっそくその税理士にアポをとり、まずは私の実家の近所の「武蔵」という居酒屋で一杯やることにしたのです。座敷にすわって待っているとその税理士は、ビジネスカジュアルで来ると思いきや、何と長髪を赤茶に染め、Tシャツに短パン姿、サンダル履で私の前に現れたではありませんか。う~む!ますます怪しさに拍車がかかってきたのです。たばこをやめたらしく、一回り大きくなったその怪しい税理士は、ビール生チューをおいしそうに飲みほすと、「ねえちゃん、おかわりね!」などと言いながら、秋田の名物料理のトンブリ・比内鳥の焼き鳥やから揚げ、刺身をおいしそうに食べていたのでした。そして私の意図をくみ取ったのか、おもむろに「明日はたつ福が休みだがら、わしがケータイで予約をとっておいでやるがら」と、秋田弁丸出しで話しかけてきたのですね。そこで私も秋田弁で「へば頼むな」などと応酬したのでした。
今回その怪しい税理士は、秋田美人のかわいい奥さん(ムツコさん)、それに昨年大学に入学した息子さんを連れてきていました。息子さんはミツル君といって、将来は公認会計士を目指して頑張っているようです。それならば、たつ福の寿司をおごってやろうではないかということになり、三人で行くことにしたのでした。怪しい税理士は、「秋田は人口も減少してるし、経済も縮小してるがら、会計士になっても秋田さ帰ってけばだめだや」と、突き放していたのが印象的でした。
秋田の寿司に関しては、回転寿司でさえなかなかのネタを提供してくれるのですが、それにしてもたつ福の寿司は別格です。本当にうまい。カウンターでおまかせコースでじっと待っていると、必ず最初に出てくるのが肉厚のインドマグロの大トロです。これが絶品で、飲み込んでしまうのがもったいないくらいです。また、続いて出てくるウニは防腐剤いっさいなしで、のりで巻くなどというオロカなまねはせずに、少なめのご飯の上にそのままてんこ盛り状態ででてきます。この甘さは、言葉では表しようのないくらいのうまさで、「人生最後の瞬間に何が食べたいか」と聞かれたら、間違いなく「たつ福のウニが食べたい。食べたいったら食べたい!」と叫んでいるでしょう。他にも車エビ、コハダ、サンマ、鰺、アナゴ(これもとろけるおいしさ)、焼きさば(最近流行っているようですが、たつ福ではだいぶ前から提供していたようです)、赤貝、あわび、スズキ、などをおいしく頂き、最後は再び大トロとウニでしめたのでした。この間、驚いたことに、ミツル君は私の2倍以上の量を食べていたのでした。三人とも十分満足して帰ったのですが、結局私は秋田にいる間に3回たつ福に通うことになり、今年の後半戦に向けて、タップシ生きる元気をため込んだのでした。今から冬の帰省が待ち遠しく感じるのです。
それにしても、この怪しい税理士は、PCにやたらと詳しく「わしは東北の税理士で一番詳しいのだ」と豪語していました。また、無線ヘリコプターを自在に操り、八郎潟では「土手クラブ」なるものを結成して活動しているようです。税理士業は早めに引退し、将来は田舎に引きこもって、牛を飼うのが夢なんだそうです。私も将来は秋田に帰って農業をやるつもりですので、もしかしたら近所に住んで「なんとだすか~」などとやっているかもしれません。名古屋に戻る前に、もう一度「武蔵」で一杯やったのですが、最後に「へばまずな」と言いながら、ムツコさんの運転する車に乗って去っていったのでした。
ちなみにこの怪しい税理士の名前は「越山聡」といって、なんと私の弟だったのです。
今年に入ってからというもの、超多忙な日々が延々と続いていたのですが、8月に入ってやっと一段落したため、夏休みは実家の秋田に帰ってのんびり過ごすことにしたのです。秋田といえば条件反射的に、米どころ・秋田美人・地酒とくるのですが、私が秋田に帰った時の楽しみの一つに、おいしいお寿司屋さんに行くことがあります。
数年前ある税理士に、秋田でいちばんおいしいといわれているお寿司屋さん「たつ福」を紹介してもらって以来、私は、秋田に帰るたびにそこを訪ねるのを楽しみにしていました。したがって、今回の帰省にあたっても、もちろん目的は家族と久しぶりに顔を合わせることにあるのですが、「たつ福」に何回行くことができるかが重要なポイントとなっていました。
実家に帰ってからさっそくその税理士にアポをとり、まずは私の実家の近所の「武蔵」という居酒屋で一杯やることにしたのです。座敷にすわって待っているとその税理士は、ビジネスカジュアルで来ると思いきや、何と長髪を赤茶に染め、Tシャツに短パン姿、サンダル履で私の前に現れたではありませんか。う~む!ますます怪しさに拍車がかかってきたのです。たばこをやめたらしく、一回り大きくなったその怪しい税理士は、ビール生チューをおいしそうに飲みほすと、「ねえちゃん、おかわりね!」などと言いながら、秋田の名物料理のトンブリ・比内鳥の焼き鳥やから揚げ、刺身をおいしそうに食べていたのでした。そして私の意図をくみ取ったのか、おもむろに「明日はたつ福が休みだがら、わしがケータイで予約をとっておいでやるがら」と、秋田弁丸出しで話しかけてきたのですね。そこで私も秋田弁で「へば頼むな」などと応酬したのでした。
今回その怪しい税理士は、秋田美人のかわいい奥さん(ムツコさん)、それに昨年大学に入学した息子さんを連れてきていました。息子さんはミツル君といって、将来は公認会計士を目指して頑張っているようです。それならば、たつ福の寿司をおごってやろうではないかということになり、三人で行くことにしたのでした。怪しい税理士は、「秋田は人口も減少してるし、経済も縮小してるがら、会計士になっても秋田さ帰ってけばだめだや」と、突き放していたのが印象的でした。
秋田の寿司に関しては、回転寿司でさえなかなかのネタを提供してくれるのですが、それにしてもたつ福の寿司は別格です。本当にうまい。カウンターでおまかせコースでじっと待っていると、必ず最初に出てくるのが肉厚のインドマグロの大トロです。これが絶品で、飲み込んでしまうのがもったいないくらいです。また、続いて出てくるウニは防腐剤いっさいなしで、のりで巻くなどというオロカなまねはせずに、少なめのご飯の上にそのままてんこ盛り状態ででてきます。この甘さは、言葉では表しようのないくらいのうまさで、「人生最後の瞬間に何が食べたいか」と聞かれたら、間違いなく「たつ福のウニが食べたい。食べたいったら食べたい!」と叫んでいるでしょう。他にも車エビ、コハダ、サンマ、鰺、アナゴ(これもとろけるおいしさ)、焼きさば(最近流行っているようですが、たつ福ではだいぶ前から提供していたようです)、赤貝、あわび、スズキ、などをおいしく頂き、最後は再び大トロとウニでしめたのでした。この間、驚いたことに、ミツル君は私の2倍以上の量を食べていたのでした。三人とも十分満足して帰ったのですが、結局私は秋田にいる間に3回たつ福に通うことになり、今年の後半戦に向けて、タップシ生きる元気をため込んだのでした。今から冬の帰省が待ち遠しく感じるのです。
それにしても、この怪しい税理士は、PCにやたらと詳しく「わしは東北の税理士で一番詳しいのだ」と豪語していました。また、無線ヘリコプターを自在に操り、八郎潟では「土手クラブ」なるものを結成して活動しているようです。税理士業は早めに引退し、将来は田舎に引きこもって、牛を飼うのが夢なんだそうです。私も将来は秋田に帰って農業をやるつもりですので、もしかしたら近所に住んで「なんとだすか~」などとやっているかもしれません。名古屋に戻る前に、もう一度「武蔵」で一杯やったのですが、最後に「へばまずな」と言いながら、ムツコさんの運転する車に乗って去っていったのでした。
ちなみにこの怪しい税理士の名前は「越山聡」といって、なんと私の弟だったのです。
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徒然
2007年9月4日火曜日
~いつか「川柳で振り返る会計監査の歴史」という本を書いてみたい~
サラリーマン会計士川柳は、私が東海会の広報部長だった3年間、何か新しいことをやってみたいということで企画したもので、東海会ニュースに投稿し続けました。継続は力なりというか、こつこつ積み上げていった川柳が、未投稿も含めると百数十本になります。
今回、東海会のホームページに川柳コーナーを設けるということでしたので、「サラカイセン怒涛の100連発!」というタイトルで過去の作品を洗い出してみることにしました。
ちょうどこのころは、税効果会計をはじめ、会計の変革期・監査環境の変化と重なっていたため、振り返ってみると、懐かしさがこみ上げてくるのですね。
◆ 酒場での 主役は繰延 税金資産・・・税効果会計が導入され、税効果を5年分認められないということで、大変なことになってしまった銀行もありました。
◆ この会社 あんたに任せる 5年ルール・・・ローテーション制度で、筆頭業務執行社員は、5年までしか担当できないことになりました。
◆ おれだって 隠滅したいぜ 浮気の証拠・・・アンダーセンの証拠隠滅事件もありましたね。
◆ 四半期に 一度は見直す わが人生・・・四半期決算制度が導入されました。
◆ ニーロクの 麻のジャケット 買ってみた・・・道路公団の監査が、2万6千円という、驚くべき金額で入札されたこともありました。
ほかにもたくさんあるのですが、とりあえず100本、ホームページに投稿しています。これからもどんどん投稿して、200本くらいたまったら、「川柳で振り返る会計監査の歴史」などといった本でも書いてみたいと思っているのです。
今回、東海会のホームページに川柳コーナーを設けるということでしたので、「サラカイセン怒涛の100連発!」というタイトルで過去の作品を洗い出してみることにしました。
ちょうどこのころは、税効果会計をはじめ、会計の変革期・監査環境の変化と重なっていたため、振り返ってみると、懐かしさがこみ上げてくるのですね。
◆ 酒場での 主役は繰延 税金資産・・・税効果会計が導入され、税効果を5年分認められないということで、大変なことになってしまった銀行もありました。
◆ この会社 あんたに任せる 5年ルール・・・ローテーション制度で、筆頭業務執行社員は、5年までしか担当できないことになりました。
◆ おれだって 隠滅したいぜ 浮気の証拠・・・アンダーセンの証拠隠滅事件もありましたね。
◆ 四半期に 一度は見直す わが人生・・・四半期決算制度が導入されました。
◆ ニーロクの 麻のジャケット 買ってみた・・・道路公団の監査が、2万6千円という、驚くべき金額で入札されたこともありました。
ほかにもたくさんあるのですが、とりあえず100本、ホームページに投稿しています。これからもどんどん投稿して、200本くらいたまったら、「川柳で振り返る会計監査の歴史」などといった本でも書いてみたいと思っているのです。
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