~JICPAニュースレターの「TANZANITE」…読書のすすめ~
毎月公認会計士協会に登録している会員・準会員には「JICPAニュースレター」が郵送されてくるのですが、3月号の編集後記「TANZANITE」になかなかいい話が掲載されていました。本部の女性の広報委員の方ですが、最近どうも活字中毒になってきたというのです。書店に行くことが多くなり、そこが宝の山のように見えてきて、専門書以外のいろんな本を何冊もまとめ買いしてしまうとのこと。しかも忙しくてもつい読んでしまうというのですね。もうこの際どんどん読んでしまいましょう。
私も20代の後半から8年くらい前までは、毎年本を100冊~130冊くらい読んでいたのですが、ここ何年間かは面白そうな本を購入しても、移動時間以外はほとんど読んでいる時間がなく積読状態で、恥ずかしいことに未読の本が100冊ほどたまってしまいました。昨年の7月頃からまたワシワシ読みはじめているのですが、世界がどんどん広がるような気がして読んでいて楽しいです。
公認会計士になるには厳しい試験を通らなければならないため、いったん受験の世界に突入してしまうと余裕がなくなってしまい、どうしても視野が狭くなってしまいがちです。合格後それに気づいて、新しい世界に興味を持つようになれば、世の中を見る目が開けてくると思うのですが、中には合格後もその延長線上で過ごしてしまう人もいて、ますます視野が狭まってしまい、会計分野の単なる専門バカになってしまいかねません。
昨年の暮れだったと思いますが、東区のオレンジタウンビルにある「すし処水乃」に仲間数人で出かけ、おいしい時間を過ごすことができたのですが、食事をしながら話をしていたところ、その場にいた一人の公認会計士が、私の合格体験記を読んで勉強したというのですね。そういえば昭和56年に当時の公認会計士2次試験に合格した後、TACから合格体験記の執筆依頼があり、何人かの分をまとめてエール出版社から本が出されたはずです。確か我が家にもあったはずだと思い、年末に実家へ帰った時本棚を探してみたところ、ほこりをかぶっていましたがしっかりありました。懐かしくてページを繰っていったら、30年前の写真とともに私の合格体験記が載っていたではありませんか。細かい話は別としてそこに書かれていたのは、「日商簿記一級に合格後、公認会計士試験の受験体制に突入しようと思ったら、友人から一緒に音楽をやらないかと誘われた・・・迷ったけれど人は50年~60年かけて人生という芸術作品をつくればいいのであって、その時しかできないことをまずやるべきであると考え、1年限定で音楽へ挑戦した・・・結果的には回り道したがそれでよかったのだ」といった内容でした。今考えるとずいぶん生意気なことを書いているのですが、当時は悩み多き青年だったのだ。我が人生はもう54年もたってしまったのですが、芸術作品からは果てしなく遠い状況なのです。自分が今やるべきことは何なのか・・・仕事なのか家族を大事にすることなのか趣味なのか遊びなのか・・・を常に意識しながら行動していきたいと考えているのです。
2011年3月8日火曜日
2011年3月1日火曜日
意味がわからん
~新幹線での出来事~
先日プライベートな用事があって、新幹線で移動することになりました。新幹線での移動時間は私にとっては貴重な読書タイム。ここ数年、足のしびれがひどいので、グリーン車で移動することにしているのですが、グリーン車では隣の席に人が乗ってくることはほとんどないため、読書に集中できます。その日は雑誌「目の眼」の臨時増刊号「酒・器」を読むのを大変楽しみにしていました。何しろ手に入るかどうか心配だったため、アマゾンに事前予約までして手に入れた雑誌です。
シートに着席後、さぁ読むぞとページをめくり始めたのですが、どうも車内が騒々しいのですね。気がつくと、私の前の席の横一列A席~D席が女性の家族同士らしいのです。周りへの迷惑などお構いなし、大きな声で世間話を延々としているではありませんか。特にB席の若い女性がC席のおばあちゃんに通路を挟んで身を乗り出しながら話しているのですが、これには参りましたね。別に話の内容を聞きたくはないのですが、若い女性の方は日頃の生活にいろいろ不満があるのか、東京までの1時間40分余りの間に「意味がわからん」という言葉を63回くらいつぶやいていました。普段私はテレビを見ないので、世間でどういう言葉がはやっているかよくわからないのですが、そういえば最近よく耳にする言葉のような気もします。
口癖とは面白いもので、講演や挨拶で多いのは、「え~」を連発する人です。聞いているほうがげんなりしてしまうので、自分が講演をするときには絶対やらないようにしています。最近よく聞くのは、言葉の最後に「ということになります」と付け足すやつです。「ということになります発言」のなんと多いことか。話すからには自分で意味をしっかり理解して、噛み砕いてわかりやすく「これはこういうことです!」と断言して説明してほしいのですが、自分の発言に自信がないのでしょうか?
困ったことに、「ということになります」を聞いた人が、別の場で話をするときに、同じように「ということになります」をしっかり受け継いでしまっていることです。これではこの言葉がどんどん伝染するばかりではありませんか。なんとなく、昔はやった鈴木光司のホラー小説「リング」を思い出してしまいます。ん・・・意味がわからん?
「ということになります」に似た言葉で、若者言葉に「これ○○になります」ということがあります(うわっ、自分もおかしくなってきた)。レストランでオムハヤシを注文して待っていると、しばらくしてウエイターが「これオムハヤシになります」と言って持ってくるのですね。持ってきていただいたものは、どこから見ても「オムハヤシ」そのものに見えるのですが、ウエイターのいうことを私なりに解釈すると、「これは、今はオムハヤシではないけれども、時間が経てばそのうちオムハヤシになりますケン」と言っていることになると思うのですが、私の解釈が間違っているのだろうか。そういえば以前ゴルフ場で若いキャディさんが、グリーン上のボールを拭いてくれたあと、「これ、ボールのほうになります」と言って渡してくれたのには、はっきり言って驚きましたね。ボールのほうっていったいどっちのほうですかと厳しく追及しそうになりましたが、大人げないのでやめておきました。
意味がわからん。
先日プライベートな用事があって、新幹線で移動することになりました。新幹線での移動時間は私にとっては貴重な読書タイム。ここ数年、足のしびれがひどいので、グリーン車で移動することにしているのですが、グリーン車では隣の席に人が乗ってくることはほとんどないため、読書に集中できます。その日は雑誌「目の眼」の臨時増刊号「酒・器」を読むのを大変楽しみにしていました。何しろ手に入るかどうか心配だったため、アマゾンに事前予約までして手に入れた雑誌です。
シートに着席後、さぁ読むぞとページをめくり始めたのですが、どうも車内が騒々しいのですね。気がつくと、私の前の席の横一列A席~D席が女性の家族同士らしいのです。周りへの迷惑などお構いなし、大きな声で世間話を延々としているではありませんか。特にB席の若い女性がC席のおばあちゃんに通路を挟んで身を乗り出しながら話しているのですが、これには参りましたね。別に話の内容を聞きたくはないのですが、若い女性の方は日頃の生活にいろいろ不満があるのか、東京までの1時間40分余りの間に「意味がわからん」という言葉を63回くらいつぶやいていました。普段私はテレビを見ないので、世間でどういう言葉がはやっているかよくわからないのですが、そういえば最近よく耳にする言葉のような気もします。
口癖とは面白いもので、講演や挨拶で多いのは、「え~」を連発する人です。聞いているほうがげんなりしてしまうので、自分が講演をするときには絶対やらないようにしています。最近よく聞くのは、言葉の最後に「ということになります」と付け足すやつです。「ということになります発言」のなんと多いことか。話すからには自分で意味をしっかり理解して、噛み砕いてわかりやすく「これはこういうことです!」と断言して説明してほしいのですが、自分の発言に自信がないのでしょうか?
困ったことに、「ということになります」を聞いた人が、別の場で話をするときに、同じように「ということになります」をしっかり受け継いでしまっていることです。これではこの言葉がどんどん伝染するばかりではありませんか。なんとなく、昔はやった鈴木光司のホラー小説「リング」を思い出してしまいます。ん・・・意味がわからん?
「ということになります」に似た言葉で、若者言葉に「これ○○になります」ということがあります(うわっ、自分もおかしくなってきた)。レストランでオムハヤシを注文して待っていると、しばらくしてウエイターが「これオムハヤシになります」と言って持ってくるのですね。持ってきていただいたものは、どこから見ても「オムハヤシ」そのものに見えるのですが、ウエイターのいうことを私なりに解釈すると、「これは、今はオムハヤシではないけれども、時間が経てばそのうちオムハヤシになりますケン」と言っていることになると思うのですが、私の解釈が間違っているのだろうか。そういえば以前ゴルフ場で若いキャディさんが、グリーン上のボールを拭いてくれたあと、「これ、ボールのほうになります」と言って渡してくれたのには、はっきり言って驚きましたね。ボールのほうっていったいどっちのほうですかと厳しく追及しそうになりましたが、大人げないのでやめておきました。
意味がわからん。
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徒然
2011年2月25日金曜日
ありがとうと言おう!
~いやなことがあったときの対処法~
私が東海会の広報部長を担当していた時の副会長で、当時愛知県の包括外部監査人だった梅田先生とタクシーの中で一緒になったことがありました。梅田先生とは同じ法人でしたので、いろいろ話し相手になっていただいていましたし、私も包括外部監査の補助者としてお手伝いさせていただいていたのですが、その時すでに梅田先生は病に侵されていました。タクシーの中で、「今度私が梅田先生の後を継いで、東海会の副会長を担当することになりました」とお知らせしたのですが、先生は「協会の業務に限らず、ひたすら頑張っていて、たとえそれが今は報われないことであったとしても、想いのまま一生懸命頑張ってやっていると、長い間にはいつか自分の所に戻ってくるよ、人生とはそういうものだよ」と静かに優しく言われたのを覚えています。
会計士協会の活動自体は、私の場合法人の業務プラスαで行っていたため、全体の仕事量としてはかなり大変でしたが、自分としては楽しみながらやっていたことでしたので、それが報われようが報われなかろうが全く関係なかったのですが、梅田先生のこの言葉は、その後の人生においてしっかり私の頭の中に刻み込まれました。
なぜこのことを思い出したかというと、先日知り合いの税理士に会ったときに出た話ですが、ある顧問先のために長年一生懸命仕事をしていたというのに、どうも先方の一方的な思い上がりにあったようで、大変嫌な思いをしたということでした。しばらく悩んでいたようですが、ある人から、嫌なことがあって反撃したくなった時には、「ありがとう!」と声に出して言いなさいと諭されたようです。そうすると気持ちが落ち着きますよと。まるでお坊さんのような人なのだ。
私は以前から、仕事中や日常生活の中でも、怒ることは4年に1回くらいしかなかったのですが、最近はもう成仏してしまったのか、もうほとんど怒ることはなくなってしまいました。それでも嫌な思いをすることは人並みにあるのですが、以前は大きく息を吸って、ふ~っと吐き出していたのですね。そうすると気持ちがだいぶ落ち着きます。でもこれからは嫌なことがあったら、大きく息を吸って「ありがとう!」と声に出して言ってみることにするのです。このブログを読んだあなたもさっそくやってみませんか。
その知り合いの税理士は、思いがけないほど落ち込んでいたので、さっそく私のお気に入りのお寿司屋さんである「たつ福」に連れていくことにしました。
たつ福の大将も励ましに、最上級においしいウニの握り(というよりウニのてんこ盛り)を握ってくれました。これこそ本当の「ありがとう」なのだ。
私が東海会の広報部長を担当していた時の副会長で、当時愛知県の包括外部監査人だった梅田先生とタクシーの中で一緒になったことがありました。梅田先生とは同じ法人でしたので、いろいろ話し相手になっていただいていましたし、私も包括外部監査の補助者としてお手伝いさせていただいていたのですが、その時すでに梅田先生は病に侵されていました。タクシーの中で、「今度私が梅田先生の後を継いで、東海会の副会長を担当することになりました」とお知らせしたのですが、先生は「協会の業務に限らず、ひたすら頑張っていて、たとえそれが今は報われないことであったとしても、想いのまま一生懸命頑張ってやっていると、長い間にはいつか自分の所に戻ってくるよ、人生とはそういうものだよ」と静かに優しく言われたのを覚えています。
会計士協会の活動自体は、私の場合法人の業務プラスαで行っていたため、全体の仕事量としてはかなり大変でしたが、自分としては楽しみながらやっていたことでしたので、それが報われようが報われなかろうが全く関係なかったのですが、梅田先生のこの言葉は、その後の人生においてしっかり私の頭の中に刻み込まれました。
なぜこのことを思い出したかというと、先日知り合いの税理士に会ったときに出た話ですが、ある顧問先のために長年一生懸命仕事をしていたというのに、どうも先方の一方的な思い上がりにあったようで、大変嫌な思いをしたということでした。しばらく悩んでいたようですが、ある人から、嫌なことがあって反撃したくなった時には、「ありがとう!」と声に出して言いなさいと諭されたようです。そうすると気持ちが落ち着きますよと。まるでお坊さんのような人なのだ。
私は以前から、仕事中や日常生活の中でも、怒ることは4年に1回くらいしかなかったのですが、最近はもう成仏してしまったのか、もうほとんど怒ることはなくなってしまいました。それでも嫌な思いをすることは人並みにあるのですが、以前は大きく息を吸って、ふ~っと吐き出していたのですね。そうすると気持ちがだいぶ落ち着きます。でもこれからは嫌なことがあったら、大きく息を吸って「ありがとう!」と声に出して言ってみることにするのです。このブログを読んだあなたもさっそくやってみませんか。
その知り合いの税理士は、思いがけないほど落ち込んでいたので、さっそく私のお気に入りのお寿司屋さんである「たつ福」に連れていくことにしました。
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たつ福の大将も励ましに、最上級においしいウニの握り(というよりウニのてんこ盛り)を握ってくれました。これこそ本当の「ありがとう」なのだ。
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徒然
2011年2月20日日曜日
「便」という字はあまりいい字ではないらしい
~犬猫論争のついでに~
先日、犬派の私と猫派の連れ合いが、「犬と猫はどちらが可愛いか」という、たわいない論争をしていたのです。犬は飼い主に従順で、自分を頼りにしてくれているという実感があるため、お互い信頼関係で結ばれています。従って、たとえ家族に冷たくあしらわれたとしても、「お前だけは俺の味方だよな」といえば、尻尾を振りながら近寄ってくれるのですね。それに比べて猫は、自分勝手できまぐれで、こちらが可愛いといって近づいていっても知らん顔、挙句の果てに爪で引っ掻かれて逃げていってしまうのです。「猫」を含んだ言葉でも、「猫ばば」・「ドロボー猫」・「猫なで声」・「猫かぶり」などとろくな言葉がないではないかとたたみかけたのですが、先方も然る者、犬だって「犬死に」・「犬の遠吠え」・「幕府の犬」・「権力の犬」などというではないかと突っ込まれ、逆襲にあってしまいました。ボキャブラリーではとてもかなわないため、私は黙り込んでしまうのです。
最近話題になっているのが「便」という字です。IFRSでも「経済的便益」という言葉が頻繁に出てきますし、昔は「会計便覧」という専門辞書があり、私もずいぶんお世話になりました。もちろん「便利」というありがたい言葉もあります。でも、最近話題になっている「便」は「方便」という言葉のようです。ちなみに「新明解国語辞典」で調べてみると、「目的を果たすために仮に用いる便宜的な手段」のことをいい、例として「ウソも方便」とありました。
もう少し「便」を調べてみると、「便宜…その時の都合で臨機の処置をする」・「便宜上…その時最上のものが得られないので、それに次ぐもので当座の用を間に合わせる」・「便宜的…理想的ではないが、他に上策もないので、仮にそれに従うようす」とあります。どうもあまりいい意味では使われていないようですね。我々市民が日常生活の上でやむにやまれず方便するのは、ある面やむを得ないケースもあるとは思いますが、企業の経営者や責任ある立場の方が方便されては困ります。「方便」する人を見かけたら、その心を見抜くだけの「眼力」を養わなければならないのですが、正直で素直な人にとってはなかなか難しいことだと思います。
この際「経済的便益」も、「便」という字はやめにして、例えば「経済的価値」とか「経済的有用性」といったほうが、日本語的にも通りがいいような気がするのですがいかがでしょうか。
先日、犬派の私と猫派の連れ合いが、「犬と猫はどちらが可愛いか」という、たわいない論争をしていたのです。犬は飼い主に従順で、自分を頼りにしてくれているという実感があるため、お互い信頼関係で結ばれています。従って、たとえ家族に冷たくあしらわれたとしても、「お前だけは俺の味方だよな」といえば、尻尾を振りながら近寄ってくれるのですね。それに比べて猫は、自分勝手できまぐれで、こちらが可愛いといって近づいていっても知らん顔、挙句の果てに爪で引っ掻かれて逃げていってしまうのです。「猫」を含んだ言葉でも、「猫ばば」・「ドロボー猫」・「猫なで声」・「猫かぶり」などとろくな言葉がないではないかとたたみかけたのですが、先方も然る者、犬だって「犬死に」・「犬の遠吠え」・「幕府の犬」・「権力の犬」などというではないかと突っ込まれ、逆襲にあってしまいました。ボキャブラリーではとてもかなわないため、私は黙り込んでしまうのです。
最近話題になっているのが「便」という字です。IFRSでも「経済的便益」という言葉が頻繁に出てきますし、昔は「会計便覧」という専門辞書があり、私もずいぶんお世話になりました。もちろん「便利」というありがたい言葉もあります。でも、最近話題になっている「便」は「方便」という言葉のようです。ちなみに「新明解国語辞典」で調べてみると、「目的を果たすために仮に用いる便宜的な手段」のことをいい、例として「ウソも方便」とありました。
もう少し「便」を調べてみると、「便宜…その時の都合で臨機の処置をする」・「便宜上…その時最上のものが得られないので、それに次ぐもので当座の用を間に合わせる」・「便宜的…理想的ではないが、他に上策もないので、仮にそれに従うようす」とあります。どうもあまりいい意味では使われていないようですね。我々市民が日常生活の上でやむにやまれず方便するのは、ある面やむを得ないケースもあるとは思いますが、企業の経営者や責任ある立場の方が方便されては困ります。「方便」する人を見かけたら、その心を見抜くだけの「眼力」を養わなければならないのですが、正直で素直な人にとってはなかなか難しいことだと思います。
この際「経済的便益」も、「便」という字はやめにして、例えば「経済的価値」とか「経済的有用性」といったほうが、日本語的にも通りがいいような気がするのですがいかがでしょうか。
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徒然
2011年1月31日月曜日
「監査法人」が小説化された
~健司を復活させることはできるだろうか~
昨年の10月だったと思いますが、何気なく日経新聞一面の下の欄を見ていたら「監査法人」という字が眼に入ってきました。どうやらテレビドラマが小説化されたようです。さっそくジュンク堂へ行って購入し、読んでみました。
内容的にはドラマと一緒で、会話もほとんどテレビドラマと変わるところがなかったのですが、情景描写や心理状態等の説明が加わったためわかりやすいという面はありました。でもやはりテレビのほうがテンポがあって、より緊張感があるように感じます。ドラマを作るときは、一話が完成するまでに台本が第5~6稿までかかり、その都度集中力を高めて真剣に何度も読んでいましたので、ほとんどの会話が頭の中に記憶されています。読んでいて大変懐かしい思いがしました。このドラマが放映されてからもう2年半以上経過しているのですが、NHKの「感想掲示板」をみると昨年の11月まで871のコメントが掲載されていました。つい最近もNHKのBSハイビジョンで再放送されていたようです。このドラマを見て、「自分も会計士になろう」と思った人も多いと思います。
しかし、このドラマを作っていた当時とは、公認会計士業界を取り巻く環境も大きく変わってしまいました。制作当時は、それまですでに4~5年ほどに亘って、毎月100時間以上の残業をこなし、いつ過労死するかもしれないという恐怖と闘いながらも「俺がやるしかないんだ!(小野寺みたいですけど)」とばかりに使命感をもって、何かに憑かれたように毎日を過ごしていたものです。一度自宅で倒れたこともありましたが、何とか生きてここまで過ごすことができました(大げさですが)。朝、目がさめた時、「ああ、今日も生きていた」と感謝したものです。
ところが最近はどうでしょう。監査法人も採用しきれないくらい試験合格者が増え、一時に比べたらずいぶん時間的なゆとりがでてきたようです。ドラマでも、徹夜が続いて職員が倒れるシーンがありましたが、ほんの2~3年間でこんなにも環境が変わってしまうのでしょうか。もうあの当時には戻りたくないという思いもありますが、逆に物足りなさも感じます。
小説を読んでいくにつれて、健司を監査法人にカムバックさせて、新たに活躍させてあげたいという思いが強くなってくるのですが、エッセイや専門書を書くのと違って小説を書くとなると、やはりかなりのセンスが必要です。自分にそのセンスがあるかどうか試してみたい気もするのですが・・・。
それにしてもアーバンエステートの問題は、ドラマの第六話の「プレシャス・ドーナツ」のストーリーとダブってしまうのですが、考えすぎだろうか。
昨年の10月だったと思いますが、何気なく日経新聞一面の下の欄を見ていたら「監査法人」という字が眼に入ってきました。どうやらテレビドラマが小説化されたようです。さっそくジュンク堂へ行って購入し、読んでみました。
内容的にはドラマと一緒で、会話もほとんどテレビドラマと変わるところがなかったのですが、情景描写や心理状態等の説明が加わったためわかりやすいという面はありました。でもやはりテレビのほうがテンポがあって、より緊張感があるように感じます。ドラマを作るときは、一話が完成するまでに台本が第5~6稿までかかり、その都度集中力を高めて真剣に何度も読んでいましたので、ほとんどの会話が頭の中に記憶されています。読んでいて大変懐かしい思いがしました。このドラマが放映されてからもう2年半以上経過しているのですが、NHKの「感想掲示板」をみると昨年の11月まで871のコメントが掲載されていました。つい最近もNHKのBSハイビジョンで再放送されていたようです。このドラマを見て、「自分も会計士になろう」と思った人も多いと思います。
しかし、このドラマを作っていた当時とは、公認会計士業界を取り巻く環境も大きく変わってしまいました。制作当時は、それまですでに4~5年ほどに亘って、毎月100時間以上の残業をこなし、いつ過労死するかもしれないという恐怖と闘いながらも「俺がやるしかないんだ!(小野寺みたいですけど)」とばかりに使命感をもって、何かに憑かれたように毎日を過ごしていたものです。一度自宅で倒れたこともありましたが、何とか生きてここまで過ごすことができました(大げさですが)。朝、目がさめた時、「ああ、今日も生きていた」と感謝したものです。
ところが最近はどうでしょう。監査法人も採用しきれないくらい試験合格者が増え、一時に比べたらずいぶん時間的なゆとりがでてきたようです。ドラマでも、徹夜が続いて職員が倒れるシーンがありましたが、ほんの2~3年間でこんなにも環境が変わってしまうのでしょうか。もうあの当時には戻りたくないという思いもありますが、逆に物足りなさも感じます。
小説を読んでいくにつれて、健司を監査法人にカムバックさせて、新たに活躍させてあげたいという思いが強くなってくるのですが、エッセイや専門書を書くのと違って小説を書くとなると、やはりかなりのセンスが必要です。自分にそのセンスがあるかどうか試してみたい気もするのですが・・・。
それにしてもアーバンエステートの問題は、ドラマの第六話の「プレシャス・ドーナツ」のストーリーとダブってしまうのですが、考えすぎだろうか。
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徒然
2011年1月28日金曜日
偶然が重なった
~久しぶりにいい曲に出合いました~
最近IFRS本をはじめとして、ジュンク堂で本を物色する機会が多いのですが、先日は桃山時代の焼き物の研究をしようとパラパラと写真集をめくっていました。するとその時です。突然隣のおっさんが、私の横で大きなおならをしたではありませんか。私はあわてて裏側の列の本棚に移動したのですね。でもそこはたまたま音楽関係の本を集めた棚でしたので、やれうれしやとばかりに、ほとぼりが冷めるまで面白そうな本を探し始めました。そこで目についたのが、吉田拓郎がかぐや姫といっしょに開催した「つま恋」コンサートのことを書きつづった本です。特に拓郎は、楽譜がなかった当時、レコードやテープを擦り切れるほど聞いて、独特のギターの弾きまわしを必死で練習してコピーしただけに、大変思い入れがあります。つま恋コンサートは2回行われているのですが参加できなかったため、DVDを購入して何回も見ました。一回目は「ウッドストック」を思い出してしまいますし、二回目は年齢を重ねた分力みがなかったのですが、なんとなく元気をいただいたような気がしました。その舞台裏に興味があったので早速購入。読んでみました。
3年前の3月18日に突然耳鳴りが始まってから、ヘッドフォンを付けて大音量で音楽を聴くことはなくなってしまいましたし、おじさんは最近の歌にはついていけないため、CDを購入することはほとんどなくなってしまいました。その代わり、一時気が狂ったように買い集め、1500枚ほどたまったCDをもう一度じっくり聞き直してみることにしたのです。お好みのアーティストを順番に選んで車に持ち込むことにしているのですが、「つま恋」を読んでからは拓郎のCDを6枚ほど挿入して聞くことにしました。するとそれまで全く聞いたことのなかった曲で、聞いた瞬間これはいい曲だと思う曲に出会ってしまったのですね。リズムも歌詞も文句なしです。なぜ気がつかなかったのだろうか。曲はすぐ覚えてしまいましたし、コード進行も簡単そうでしたので、さっそくギターを取り出して練習。でも困ったことに歌詞がなかなか覚えきらないのですね。昔はすぐに覚えられたのになぁ。これも年齢を重ねたせいなのでしょうか。就寝前と出勤前のそれぞれ20分間が、非常に充実するようになりました。こういった偶然の巡り合いには大変うれしくなってしまいます。
タイガーマスク現象を見ていると、日本もまだまだ捨てたものではないなと思ってしまいますが、私の人生も骨董市で200円で購入した骨董品といい、置き去りにしていたいい曲との出会いといい、ささいなことではありますが、まだまだ楽しいことが身の回りにいろいろありそうな気がします。「おならおじさん」に感謝!
最近IFRS本をはじめとして、ジュンク堂で本を物色する機会が多いのですが、先日は桃山時代の焼き物の研究をしようとパラパラと写真集をめくっていました。するとその時です。突然隣のおっさんが、私の横で大きなおならをしたではありませんか。私はあわてて裏側の列の本棚に移動したのですね。でもそこはたまたま音楽関係の本を集めた棚でしたので、やれうれしやとばかりに、ほとぼりが冷めるまで面白そうな本を探し始めました。そこで目についたのが、吉田拓郎がかぐや姫といっしょに開催した「つま恋」コンサートのことを書きつづった本です。特に拓郎は、楽譜がなかった当時、レコードやテープを擦り切れるほど聞いて、独特のギターの弾きまわしを必死で練習してコピーしただけに、大変思い入れがあります。つま恋コンサートは2回行われているのですが参加できなかったため、DVDを購入して何回も見ました。一回目は「ウッドストック」を思い出してしまいますし、二回目は年齢を重ねた分力みがなかったのですが、なんとなく元気をいただいたような気がしました。その舞台裏に興味があったので早速購入。読んでみました。
3年前の3月18日に突然耳鳴りが始まってから、ヘッドフォンを付けて大音量で音楽を聴くことはなくなってしまいましたし、おじさんは最近の歌にはついていけないため、CDを購入することはほとんどなくなってしまいました。その代わり、一時気が狂ったように買い集め、1500枚ほどたまったCDをもう一度じっくり聞き直してみることにしたのです。お好みのアーティストを順番に選んで車に持ち込むことにしているのですが、「つま恋」を読んでからは拓郎のCDを6枚ほど挿入して聞くことにしました。するとそれまで全く聞いたことのなかった曲で、聞いた瞬間これはいい曲だと思う曲に出会ってしまったのですね。リズムも歌詞も文句なしです。なぜ気がつかなかったのだろうか。曲はすぐ覚えてしまいましたし、コード進行も簡単そうでしたので、さっそくギターを取り出して練習。でも困ったことに歌詞がなかなか覚えきらないのですね。昔はすぐに覚えられたのになぁ。これも年齢を重ねたせいなのでしょうか。就寝前と出勤前のそれぞれ20分間が、非常に充実するようになりました。こういった偶然の巡り合いには大変うれしくなってしまいます。
タイガーマスク現象を見ていると、日本もまだまだ捨てたものではないなと思ってしまいますが、私の人生も骨董市で200円で購入した骨董品といい、置き去りにしていたいい曲との出会いといい、ささいなことではありますが、まだまだ楽しいことが身の回りにいろいろありそうな気がします。「おならおじさん」に感謝!
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2011年1月21日金曜日
公認会計士と税理士試験
~特別税理士はどのように考えるのか?~
今年の冬は雪が多いようです。年末に実家の秋田に帰る際も、無事にたどり着くことができるかどうか心配していたのですが、ほぼ予定時刻に到着。改札口には二人の税理士が私たちを待ち構えていました。そのうちの一方の税理士は、あいかわらず怪しい雰囲気を醸し出しているのですが、今回は母親が身に着けていた指輪をループタイにして、首から下げていました。そして私に会うなり開口一番、「公認会計士は税理士試験の税法科目を通るべきである」ときたではありませんか。おお!越麻呂日記をさっそく読んでいてくれたのかとうれしくなったのですが、その話は後にして、とりあえずは会食の場へと直行です。
ひとしきり世間話しをした後、話題はどうしてもそちら方面へと進んでしまいます。何しろこの税理士は、大学在学中に税理士試験の「簿記論」と「財務諸表論」を1年で同時に一発合格し、翌年には税法3科目を一発合格するという離れ業を演じたバリバリの試験合格組なのです。当然のごとく「公認会計士が税務を行うのであれば、税法の試験を通るべきである」となるわけですね。そこで私は切り返すわけです。「では、特別税理士はどうなのか」と。私の父親も税理士なのですが、55歳で退職するまで税務署に勤務しており、私が高校2年生の時に、いわゆる特別試験なるものに合格して税理士となる資格を取得したわけです。それでも試験合格組にいわせると、「きちんと税理士試験に合格すべきである」となるわけですね。まさしく正論です。しかし当のご本人は、「特別税理士は特別だから一番偉いのだ!」などとわけのわからないことを言いながら、カキフライをカリカリ食べていたので、もうこの話題は切り上げることにしました。この道30年になろうとしていますが、この間特にトラブルもなく、いまだにコツコツ税理士業務を続けています。
3年くらい前までならば、なにもこのような業界同士の大きな論争にはならなかったのでしょうが、最近公認会計士試験の合格者が多いため、税理士業界に流れ込む人が増えてくることが予想されます。その辺の危機感があるのも十分わかります。試験合格組の税理士は「税理士にも監査をさせるべきではないか」と言っていましたが、会計監査は公認会計士の独占業務であるため、そういうわけにはいきません。「包括外部監査」をやる機会は税理士にも開かれているのだし、「政治資金規正法の監査」もできるではないかと言いたかったのですが、これを監査だと思われても困るしなぁ。特に後者は、監査というものに対して世間の大きな誤解を生む可能性があるため、できれば監査とはいってほしくないのですけど、この話題はのちのテーマとして改めて書きたいと思います。
今年の冬は雪が多いようです。年末に実家の秋田に帰る際も、無事にたどり着くことができるかどうか心配していたのですが、ほぼ予定時刻に到着。改札口には二人の税理士が私たちを待ち構えていました。そのうちの一方の税理士は、あいかわらず怪しい雰囲気を醸し出しているのですが、今回は母親が身に着けていた指輪をループタイにして、首から下げていました。そして私に会うなり開口一番、「公認会計士は税理士試験の税法科目を通るべきである」ときたではありませんか。おお!越麻呂日記をさっそく読んでいてくれたのかとうれしくなったのですが、その話は後にして、とりあえずは会食の場へと直行です。
ひとしきり世間話しをした後、話題はどうしてもそちら方面へと進んでしまいます。何しろこの税理士は、大学在学中に税理士試験の「簿記論」と「財務諸表論」を1年で同時に一発合格し、翌年には税法3科目を一発合格するという離れ業を演じたバリバリの試験合格組なのです。当然のごとく「公認会計士が税務を行うのであれば、税法の試験を通るべきである」となるわけですね。そこで私は切り返すわけです。「では、特別税理士はどうなのか」と。私の父親も税理士なのですが、55歳で退職するまで税務署に勤務しており、私が高校2年生の時に、いわゆる特別試験なるものに合格して税理士となる資格を取得したわけです。それでも試験合格組にいわせると、「きちんと税理士試験に合格すべきである」となるわけですね。まさしく正論です。しかし当のご本人は、「特別税理士は特別だから一番偉いのだ!」などとわけのわからないことを言いながら、カキフライをカリカリ食べていたので、もうこの話題は切り上げることにしました。この道30年になろうとしていますが、この間特にトラブルもなく、いまだにコツコツ税理士業務を続けています。
3年くらい前までならば、なにもこのような業界同士の大きな論争にはならなかったのでしょうが、最近公認会計士試験の合格者が多いため、税理士業界に流れ込む人が増えてくることが予想されます。その辺の危機感があるのも十分わかります。試験合格組の税理士は「税理士にも監査をさせるべきではないか」と言っていましたが、会計監査は公認会計士の独占業務であるため、そういうわけにはいきません。「包括外部監査」をやる機会は税理士にも開かれているのだし、「政治資金規正法の監査」もできるではないかと言いたかったのですが、これを監査だと思われても困るしなぁ。特に後者は、監査というものに対して世間の大きな誤解を生む可能性があるため、できれば監査とはいってほしくないのですけど、この話題はのちのテーマとして改めて書きたいと思います。
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