もう10年以上前になりますが、NHK土曜ドラマ「監査法人」という1時間番組6本の制作にかかわりました。
当時(今もですが)監査法人というのはヴェールに包まれた存在でしたので、理解してもらうのがかなり大変でした。
結局ストーリー展開だけでなく、台本の作成にも深くかかわることができたので、とても充実して楽しかったですけどね。
世間一般の方は、公認会計士や監査法人がどのようにして監査を実施しているのかよくわからないと思うので、ここで基本的なことの一部を解説してみましょう。
最近魁新聞で、おばこの未収金問題がまた取り上げられるようになってきました。正確に言うと未収金ではなく売掛金ですが、まぁそれはいいでしょう。
おばこの売掛金に限らず、公認会計士が監査対象法人の売掛金の監査手続を実施する上で、絶対に省略できないのが「残高確認」という監査手続です。
残高確認は、実査(監査人自らが現金等に直接手を触れて数える手続)、立会(会社が棚卸を実施する際に監査人が立ち合い一部抜き取り検査を行う)と並んで最も重要で証拠力の強い監査手続きで、「実証手続」といわれています。
では、残高確認です。
これは、会社の売掛金残高のうち重要なものにつき、取引相手先に対して、ここが重要なのですが、「会社ではなく監査法人が直接発送して」残高の確認を書面で求める手続です。もちろん書面を回収するのは監査法人です。
取引相手方に発送する書類を「残高確認書」といいます。残高確認書には、
「監査先の会社は、あなたの会社に対して○○円の売掛金残高がありますが、間違いありませんか。異なる場合は、そちらで認識している金額を記載の上、不一致になっている要因を記載して返信してください」
といった内容が記載されています。
この場合、3通りのケースが考えられます。
- 一致している。
- 不一致である。こちらで認識している金額は○○円である。
- 返信しない。
(1.のケース)
帳簿残高はそのままで、あとは「回収可能性の判断」を行います。貸倒引当金を計上するのかしないのか、いくら計上したらいいのかという、次のステップに進みます。
(2.のケース)
不一致となっている原因を会社を通じて調べてもらいます。不一致金額が小さければいいのですが、多額の不一致があると、原因を調べるのが大変ですね。
原因調査の結果を踏まえ、正しい金額に売掛金の帳簿残高を修正し、次のステップに進みます。
不一致の原因を調査する際に、過年度まで遡らなければならない場合は時間を要するでしょう。ましてや、過去の書類は保存していない…などといったら調べようがありませんね。
(3.のケース)
残高確認書が返ってきません。こういったケースはたまにあります。この場合、残高確認書の再発送を行います。それでも返って来ない場合は、代替手続を実施します。
過去の売掛金計上から入金状況等帳簿を追っていかなければならないので、かなり大変な作業になります。ましてや古い(滞留している)売掛金であれば、なおさらです。
入金状況は、金融機関から照合票を入手すれば追跡できますが、売上計上に関する社内資料は、その信憑性を確かめなければならないでしょう。
どこかの政治家のように、「破棄してしまったので、ありません」などといったら絶望的ですね。帳簿保存期間内の破棄など、会計監査には通用しません。監査手続き不能の影響は大です。
監査報告書は、大きく分けて「適正意見」と「不適正意見」、「意見差控」があります。適正意見以外の監査報告書が出されることは、影響が大きすぎてめったにありません。
その前に正しい会計処理に修正するからです。
上場会社であれば、不適正意見の監査報告書が出されると上場廃止になってしまいます。一発アウトです。
東芝の監査で一時的に意見差控の監査報告書が出されたことがありましたが、これが続くとこれやはり上場廃止になる可能性大です。
1.のケースであれば、回収可能性の判断で、貸倒引当金の計上金額に関して会社と監査法人との間で折り合いが付けば、適正意見が出されます。
2.のケースでは、正しい売掛金残高が把握できてそれが帳簿に反映されれば、1.のケースと同様の検討を行ったうえで、適正意見が出されます。
3.のケースは、正しい売掛金残高が把握できないので、金額的重要性が高ければ、意見差控の監査報告書が出されることになるでしょうね。売掛金を全額貸倒処理すれば別ですが。
一般的に、公認会計士や監査法人は、売掛金の監査を実施する上で基本的にこのような監査手続を実施しているのです。
おばこの会計監査に関しては、JAにも監査法人に対しても、それぞれの監督官庁が注視していると思われるので、会計監査を通じて厳しい対応が求められるでしょう。
会計監査は社会的にとても影響力のあるものなのです。
1.のケースや2.のケースでも、貸倒引当金の計上金額に対して、監査法人が納得できなければ「不適正意見」が出されることになります。
監査法人は決して妥協しませんからね。
不適正意見だけは避けてほしいと考えます。