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2014年1月22日水曜日

ヒラメとの会話

~黙して語らず~

 人間社会では、大抵の人は、外見だけで男か女かは見分けがつきます。中にはどちらか判断がつかない人もごくたまに見かけますが、レアケースです。それでは、ホタテの男女はどのように見分けたらいいのでしょうか。

 ということで、今回の「お魚基本技術の会」のテーマは、「ホタテとグレープフルーツのサラダ」および「ヒラメの姿挙げ」です。バンダナはお休みのようで、私のテーブルは、新妻と美穂ちゃんの3人です。前回は鯖の3枚おろしに骨抜きが加わり、ずいぶん悪戦苦闘しましたが、今回はなんとかなるでしょう。

 ほたてはというと、貝のまま購入することはまずありません。たいていは貝柱を刺身でいただくか、ボイルしたもの、あるいは冷凍物を購入するのがほとんどです。でも今回は、今生きている貝を、自分で調理します。楽しみです。


 さっそく講師の先生の解説が始まります。

 「ホタテの殻の中身は、『貝柱』『ひも』『生殖巣』『わた』に分かれ、わたは捨てて残りを使います・・・」

 と先生の講義は続きます。「生殖巣」という言葉は、もちろん普段は使わないし、私などはこの言葉を見たり聞いたりしただけで、ドキッとして下を向いてしまうのですが、生徒のみんなは真剣に聞いています。私も下を向かず、真剣なまなざしで黙って聞いていました。

 先生の実演が始まります。テーブルナイフでぐるぐるっとやると、貝が外れて中身が出てきました。「あっ、これは雌ですね」と先生。なるほど、ここで区別できるのですね。私が開いた貝は、オスでした。

 さてヒラメです。とれたてで新鮮なため、刺身にしたいところですが、今回は姿揚げです。それにしてもヒラメはヒラメですね。裏表があり上のほうに目が二つあります。上のほうばかり見ているのでしょうか。先生によると、子供のころはこうではなかったそうです。大人になるにつれて、だんだんすれてきたのかもしれません。

 
 私はヒラメに問いかけます。

 「お前はそうやって、いつも上のほうばかり気にかけているんかい?それで何かいいことでもあったのか?」

 「たとえ偉くなったとしても、周りから笑われて平気なのか?」

 「・・・・・・」

 ヒラメは答えません。

 「お前は人間社会でなんといわれているのか知っているの?」

 と、私はさらに追い打ちをかけます。でも、横になって上を向いたままのヒラメは、何も答えてくれません。そこで私は優しく語りかけます。

 「人間社会ではね、強者にすり寄り、弱者に対して威張る人間を、ヒラメ人間といって、馬鹿にされているのだよ」と。

 「ネットで『ヒラメ人間』を検索してごらん。『ヒラメ人間はトップを裸の王様にし、組織をダメにする』とまで言われているのだよ」

 「おまえ、かわいそうだよな。そんなことまで言われて・・・それでもいいのか」

 「・・・・・・」

 ヒラメは、人間社会で上にすり寄る、小賢しい奴らとは一緒にしてほしくないそうです。



 調理が一通り終わり、今回は比較的順調にいきました。包丁はもう使わなくなったため、洗って扉の中の包丁立てに仕舞い込みます。扉を開けて包丁をしまおうとした矢先、そばにいた美穂ちゃんが、空いていた扉を締めようとします。必然的に私の指は、扉の間に挟まってしまいました。

 「痛っ」

 と瞬間的に思いましたが、大したことはありません。驚いたのは美穂ちゃんのほうでした。

 「大丈夫ですか、痛くなかったですか、すみません」

 とひたすら謝ります。

 
 「全然平気ですよ」といった瞬間、美穂ちゃんは思わぬ行動をとります。自分の指を扉の間に挟んで、扉をしめつけています。つまり、私がどれだけ痛かったのか、身を以て確認しているようでした。

 何もそこまでしなくてもいいのに。こんなまじめで思いやりのある子は、最近珍しいのではないだろうか。