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2008年12月30日火曜日

懐かしの実務補習所時代

~麻雀から帰ったら誰もいなかった
��今回は自伝小説ですので念のため)~



 公認会計士試験(私の時代は二次試験)にめでたく合格すると、当時は会計士補といって、1年間(後に2年間)実務補習所に通わねばなりません。実務補習所は夜6時から9時まで行われるため、日中慣れない仕事に気を使ってくたくたになっている会計士補1年生にとって、夜の実務補習所の授業はかなりこたえます。以前のブログで、今年は12月に実務補習所で2回講演を行ったことを書きましたが、私自身は決して真面目な受講生ではありませんでした。当時は全体の雰囲気もそうですが、あまり厳しく受講生を縛り付けることは行われていなかったのですね。


 私の場合、合格当初は東京会所属だったため、講義は当時本郷3丁目にある会計士協会で行われたのですが、6時から始まるためどうしても夕食を取り損なってしまいます。私達の頃は、授業中の休憩は比較的自由だったため、とりあえず紙の出席カードを受け取ると、おもむろに煙草でも吸うように教室の外へ出て、その足で坂を下りたところにある食堂で夕飯(焼きそばがうまかったなぁ)を取り、とりあえず一息つくということを繰り返していました。そして、6時30分ごろになると、何事もなかったかのようにまた教室へ戻ってくるわけです。東京会は人数が多かったため(といっても全国で250人くらいだったので180人くらいでしょうか?)、あまり目立たなかったのかもしれません。中には夕食のついでにビール等を飲みすぎて、真っ赤な顔をして酒の匂いをぷんぷんさせて教室にはいってくるつわものもおり、問題になったこともあったようです。古き良き時代というか、いまの時代はこんなことは考えられませんね。まねをしてはいけません。
 補習所の授業も、いつも面白いテーマであればよいのですが、私自身毎日夜遅くまで趣味やら電話やら何やらで、ほとんど午前2時前に寝ることはなかったため、どうしても睡魔のほうが勝ってしまい、いつの間にかコックリコックリ舟を漕いでしまいます。大学時代の授業の時などは、よく友達同士で代返をやったりしたものですが(もう時効だからいいのだ)、補習所時代は出席カードのダブル提出というやつでした。私はやりませんでしたが(本当だってば!)、出席カードをもらって名前を書き、知っている仲間がいると「今日は頼むな」などと言いながら、そいつに出席カードを渡して帰ってしまうわけです。この出席カードは講義が終わった後、受付で回収するわけですが、人数が多いため、最初のうちは受付の人もいちいち補習生の顔など覚えていません。友達の出席カードを預かった人は、帰り際に出口でとりあえず自分の出席カードを提出し、混雑にまぎれてまた教室内に戻っていくわけですね。そしてまたおもむろに、今度は友達の出席カードを提出することになります。無事、一人二役が完成することになります。これが通じるのは顔がわからない最初のうちだけで、この出席カードのダブル提出は、協会関係者の知れるところとなり、その後は抜き打ちで、授業中に出席カードに判を押すという作戦を取られました。したがって、6時に出席カードをもらって外出し、9時ちょっと前に帰ってくるということもできなくなってしまったわけです。今は磁気カードですので、なかなかこういうわけにはいかないかもしれませんが、人数が増えてきたので、どうなのでしょうか。


 補習所時代の思い出をもう一つ。当時は麻雀がはやっていたため、授業が始まって「退屈だなぁ」と、キョロキョロ周りを見回してみると、同じように退屈そうにしている仲間と目が合ってしまうわけです。「お前とあいつとおれ、そしてこいつ」と目配せをして麻雀の面子を確定すると、バラバラと各人教室を出て行き、いそいそとなじみの雀荘に集結することになります。ひとしきりポン・チー・ロンとやった後、9時前に教室へ戻り、出席カードを提出して帰るということもありました・・・自伝小説だと言ってるでしょ!

 その日はたまたま、のちに日本公認会計士協会の会長になられ、著名な先生の講義だったのですが、どういうわけか「お前とあいつとおれとこいつの日」となってしまい、のこのこと雀荘に繰り出したのでした。さすがにその日はバツが悪く、麻雀をやっていても落ち着かなかったので、「今日はやっぱ早めに戻ったほうがいいんじゃないの」ということで皆さん一致し、余裕をもって8時半前に引き上げたのでした。本郷3丁目の急な坂を登って会計士協会へたどり着いたのですが、いつもと様子が違うようです。なんとなく不吉な予感がして、そっと教室の扉を開けたところ、「ぬわにっ!!」教室の中はひっそりと静まり返り、人っ子一人いないではないですか。んなばかなと思ったのですが、中は真っ暗。突然パット明かりがつき、「ドッキリカメラです」と現れる人もなく、4人はその場にボーゼンと立ち尽くしていたのでした。そして、明日からは心を入れ替えて、真面目に授業に出ような、などと固く心に誓いあったのでした。・・・今日のブログは自伝小説でした。