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2011年12月30日金曜日

今年よかったこと

~最後に明るい話題で~



 今年も残りあとわずか。あまり思いつかないかもしれませんが、個人的なことも含めて、私の身の回りで起こった良かったことを、思いつくままにあげてみたいと思います。


■なでしこジャパンのワールドカップ優勝
 この試合は最後まで見ていました。延長戦での沢選手の同点ゴールのシーンには感動しましたし、ペナルティキック合戦はハラハラドキドキ。そして勝利の瞬間には喜びが爆発しました。最後まであきらめてはいけないという典型的な出来事でした。


■落合ドラゴンズのセ・リーグ優勝
 こちらも決してあきらめないという信念を感じたシーズンでした。日本シリーズで敗れはしましたが、乏しい戦力でよくぞここまでと、こちらも感動!


■アマチュアゴルファーの松山君がマスターズでベストアマ
 仙台出身の彼は最後まで出場を迷ったようですが、地元の応援を背に見事ベストアマを獲得。その後は被災地区でボランティア活動に励み、秋にはプロの試合である太平洋御殿場コース行われた大会で優勝しています。スケールの大きいゴルファーに育ってもらいたいです。


■独裁国家に自由の光が差し込んできた
 アフリカを中心に独裁政権が連鎖的に倒されました。多くの犠牲者が出ましたが、自由国家への第一歩を踏み出しました。


■タイガーマスク現象
 恥ずかしがり屋でなかなか表だってできなかったけれど、本当はやさしくて誰かの力になりたい控えめな日本人がたくさんいることを、改めてうれしく思いました。


■いい曲に出会うことができた。


■よい美術品を見ることができた。


■犬に話しかけられたような気がした
 どんな犬でもすれ違うと、いつも私に寄って来るのですよ。


■料理のレパートリーが増えた。


■コレステロール値が下がった
 薬のせいですが・・・。


■自宅の植物が元気に育った。


■隠れ家的小料理屋さんを見つけた
 7月以降仲間を誘ってよくいきました。おいしかったです。ありがとう。


ぶろぐ村に登録して一か月で2位までたどり着いた
 ご愛読ありがとうございます。より一層面白い内容にします。


■お茶をおいしく点てることができるようになった。


岩の湯に連泊することができた。


ヤイリギターの企画に感動した。


 そして体調問題はあるにせよ、何よりも1年間無事に生き延びることができました。もしかして今年2011年は、後で振り返った時、歴史的にみても大きく刻まれる1年だったのかもしれません。


2011年12月28日水曜日

振り返るより前を向いて

~つらい一年でしたが~


 今年ももうすぐ終わろうとしています。戦争体験のない世代にとっては、今年はかなりつらい一年だったような気がします。春にはタイガーマスク現象があり、日本もなかなかすてたもんじゃないなという誇らしげな気分になっていた矢先、震災ですべてが吹っ飛んでしまいました。そしてその後は無力感に襲われてしまいました。


 でも、震災直後の東北人のじっと耐える姿や我慢強さ、それにみんなでこの国を何とかしようとする日本人の思いには、心を打たれました。日本だけがよければいい、自分の会社だけがよければいい、自分だけがよければいいという発想が、いかに身勝手な発想であるかということが、身に染みてわかったような気がします。自分も何かの役に立ちたいという思いを持った人は多かったのではないでしょうか。

 
 また、今年は政治家の問題発言が多かったような気がします。世間の感覚とはかなりずれているような気がしました。人材不足というか、この国を安心して任せられる人がいつからこんなに少なくなってしまったのでしょうか。同様に、マスコミが取り上げる内容にもなんとなく偏りを感じるのも、今後のこの国の将来の事を考えるとなんとなく気になります。


 今年一番感じたのは、責任を取ろうとしない人がいたるところで目についたことです。いわゆる「想定外」という言葉がはやりましたが、これは、「こんな出来事は想定外のことだから、私には責任がないのだ」ということが言いたいのでしょう。世間の常識や当たり前の意見が耳に入らないというか、自分に都合のいいようにだけ解釈してしまい、なんとも思わなくなるのでしょうね。


 まあ、そういった年ではありましたが、残念ながらもう終わってしまったことはどうしようもありません。私にも「人間は現実をありのままを受け入れて生きていくことしかできない悲しい存在である」という文章を読んで、悲壮感を漂わせながら生きていた時代がありました。でも将来を変えていく力はあると信じたいです。


 来年はひたすら前を向いて歩いていきたいものだと思います。 

2011年12月26日月曜日

冷温停止とは言うけれど

~原発収束は誰かがこの目で確認したのだろうか~



 日経新聞一面下段の評論「春秋」は欠かさず読んでいるのですが、12月8日のテーマは「大本営発表」でした。今年は真珠湾攻撃からちょうど70年です。


 今年3月に起こった原発事故。テレビの映像を見ていても、相当危ない状況になっているのではないかと素人目にも判断されたのですが、東電や政府の発表やテレビの解説を聞いても、すぐには大変なことにはならないといった感じの報道でした。大丈夫と言っておきながら、実は大変なことになっていたなどということはよくある話です。本当に大丈夫だろうかと心配して毎日報道には気を付けていたのですが、事故から半年以上経過して、なんとなく静かになりかけてきたころに発表されたのが、実は地震発生当初のかなり早い段階から原子炉はメルトダウン状態だったというではありませんか。大勢の国民はやっぱりなと思ったことでしょう。本当にわからなかったのか、あるいは国民を心配させまいとして隠していたのであろうか。そのあたりはどうだったのでしょう。


 福島第一原発の現場にいた吉田所長のインタビューもかなり衝撃的でした。今だからこそ落ち着いて新聞記事を読んでいられましたが、何度も「もうこれで死ぬかなと思った」という発言は、極限状態を経験した人にしか出てこない言葉だと思います。吉田所長の判断と決断力と行動がなかったら、日本はもしかして今頃はしばらく立ち直れないような状況になっていたかもしれないのですから。


 そして今度は、原発の冷温停止宣言です。誰かが自分の目で原子炉内を確認しに行ったのだろうか。それとも単なる推測なのでしょか。もう安全だと信じていいものかどうかわかりません。新聞各紙は一面でこの政府の発表を取り上げていましたが、まだ多くの国民が疑いの目で聞いているのではないでしょうか。


 都合の悪いことを隠す体質は最近あちこちで目にしますが、特に報道する側にとっては真実を伝えることは大事だと思います。なんかおかしいなと思うような都合のいい発表には、常に疑いの目を持って臨んだほうがよさそうです。

2011年12月21日水曜日

あなたはトマトラーメンを許せるか?

~久しぶりの大阪オロオロ出張だった~



 東京出張は日帰りを含めよくあるのですが、今回は久々大阪出張です。大阪といえば橋下市長、大阪都構想。さぞかし活気があるのだろうなと思ったのですが、当日は冬の雨。傘をさして下を向きながら目的地に向かったのでした。それにしても、地下鉄御堂筋線の切符の購入には思いっきり焦ってしまいました。以前来たときは単に券売機にお金を入れて金額ボタンを押すだけだったのですが、今回は目的とする行先の切符の購入にたどり着くまでに、複数の手続きを踏まねばならず、慣れない私はどこを押していいのかわからずにオロオロしてしまいました。しかも早朝だったため、後ろには早くも列ができています。あちこちボタンを押して試行錯誤しながらやっと切符を購入することができたのでした。後ろにいた若い人は内心「この忙しいのにそこのおっさん何やってんの、これだから田舎モンは困るよなぁ」とさぞかしイラついていたことでしょう。


 目的の仕事をとりあえず終えて、宿泊先のホテルに向かいます。宿は地下鉄心斎橋駅を出てすぐのはずですが、どうも方向感覚がよくわかりません。いったいどっちの方向へ歩いて行ったらいいのだとここでもオロオロしていると、お店の入り口に若いお姉さんがいるではありませんか。このホテルへはどうやって行ったらいいですかと聞いたのですが、店の中の人に聞いてみますといってドアの中に入っていきます。私も入ろうとしたところ、そのお店はなんと秋田・岩手・青森の東北物産展のお店ではありませんか。「おぉ私は実は秋田県出身なのですよ」と話したところ、そのお姉さんは「この人秋田の人なんですよぉ」と大きな声でお店の人たちに話してくれ、大変親切に宿の場所を教えてくれました。その女性はなんとなく秋田美人風でしたので、どこのご出身であるのかなどと食事でもしながらその辺のことをいろいろお話したかったのですが、目下の私の目標は、PCや本や雑誌・着替えをはじめ、パンパンに張りつめているこの重い鞄を何とかすることです。とりあえず教えていただいた宿を探し当て、やっと一息つくことができました。


 部屋で一段落した後は夕食です。いつも出張の際一人で夕食をとるときは、ラーメン餃子ビールの黄金の3点セットで済ますことにしていたため、地下鉄駅構内の通りをぶらぶら歩いていました。そうしたらやはりラーメン屋さんがあったため早速突入。醤油にしようか味噌にしようかとラーメンのメニューを眺めていたところ、なんとトマトラーメンという活字が目に飛び込んできたではありませんか。私はたまに「CoCo壱番屋」のカレーを食べるのですが、いつも完熟トマトを注文し、それをカレーにかけて食べます。はたしてトマトがラーメンに合うのであるかという疑問が大いに私の頭の中に湧き上がってきたのですが、昨年はトマト鍋なるものがはやったことでもありますし、食文化にこだわりのある大阪人の食べるラーメンのメニューにあるのだから、間違いなくおいしかろうという期待と、多少の好奇心もあって、そのトマトラーメンなるものを注文したのでした。餃子をつまみにビールを飲んだ後、早速トマトラーメンを摂取したのですが、なかなか微妙な味でした。軍配は「CoCo壱カレー完熟トマトかけ」の勝ちですね。いい経験をさせていただきました。


2011年12月19日月曜日

「絆」でよかった今年の漢字

~おもわずやったぁ!と叫んでしまった~



 今年を象徴する漢字は「絆」に決まりました。最近ずっと気にしていましたので、うれしかったです。全国公募の中で一番票が多かった字に決まることになっていたのですが、途中経過では「原」が1位、そのあと「災」「被」「震」「波」など震災関連の字が上位を占めており、 「絆」 は8位だったのです。個人的にはぜひ 「絆」 が選ばれてほしいと思っていましたので、ニュースで確認した時にはおもわず「やった!」と心の中で叫んでしまいました。やはり震災関連の字が選ばれるのには、私としては抵抗がありましたので。


 「今年の漢字」は1995年から始まったようですが、なんと最初の年の字は「震」でした。この年には阪神淡路大震災が起きているのです。その後「食」「倒」と続き、2004年には「災」が選ばれています。2007年には「偽」そして昨年は「暑」でした。


 気が早いのですが、「来年の漢字」を当ててみたいです。「復」「希」「生」などが上位に来るような年であってほしいですね。


 私の好きな「遊」など、今はとてもそんな時代ではないけれど、遠い将来にでも一度でいいからこの字を見届けたいものだと思っているのです。

2011年12月16日金曜日

年を取るのも悪くない?

~なんとなく心穏やかな心境に・・・~


 最近、自宅のベランダの窓から差し込んでくる穏やかな日差しにやさしい気持ちになって、ついボォ~っとしてしまうことがあります。ベランダには植物を目いっぱい植え込んでいるのですが、植物の葉が揺れると日差しもそれにつられてゆらゆら揺れ動いているのですね。このままずっとのんびり過ごしていたいなぁとなんとなく眺めていると、後ろから連れ合いが声をかけてきます。「爺っちゃん」と。おいおい、まだ55だぜ!人生これからが黄金時代なのだ。


 先日NHKで夜9時からやっているニュースを見ていました。男性のアナウンサーはたぶん私と同じくらいの年齢だと思いますが、その方がソフトバンク秋山監督にインタビューをしていた時に、「最近年を取るのも悪くないなと思うようになってきたんですよ」という発言をしていました。今年の日本シリーズは、落合ドラゴンズ秋山ホークスとの対決となったのですが、実はこの二人は現役時代、打撃タイトルを目指してしのぎを削っていた間柄なのですね。いつも落合の三冠王を秋山が阻むかどうかという構図でした。そういえばブーマーもいましたが。結局秋山がリードしていても、最終的には落合が逆転して三冠王を取るという結末で終わるのですが、その間の落合の発言や駆け引きがとても面白かったという記憶があります。


 今では落合は頭を丸めてしまいましたし、秋山の目じりには深くしわが刻みこまれていました。でもお互い年齢を重ねてから、別の立場で勝負するというのも、人生なかなか味わいがあっていいではないですか。アナウンサーはそんなことを言いたかったのだと思います。


 若いころは、年を取りたくないと思っていましたし、時間はすべての人に平等に流れているとはいうものの、年齢を重ねるにつれて一年一年が早くなるような気がするとはよくいわれることです。確かにその通りで、今年ももうすぐ終わろうとしているし、いったい自分はこの一年何をしてきたのだと思うことも事実です。でも一方で、年を取るのも悪くないという気持ちも、最近実感としてわかるようにもなってきました。なんとなくやさしい気持ちになってきたのでしょうね。


【年を取って変わったこと】
ゴルフの飛距離が落ちた。
若いころは「飛距離命」で、自分より飛ばす人が許せなかった。その代りOBも多かった。今は飛ばなくなった分、曲がってもOBゾーンまで行かなくなった。
酒量が減った。
若いころは日本酒は一升飲めたし、ウイスキーも一本空けることができた。ビールもどんぶりに入れて鉢巻きを締めて一気飲みをやった。俺がバカだった!今では一升飲めなくても、いいお酒をじっくり味わって飲むことができます。思えばワシも成長したのだ。
若いころは、酒にまかせて気に入らない奴は殴っていたし、世の中のおかしな出来事には目を吊り上げて怒っていた。でも最近では、しょうもない奴だなぁと許せるようになった。
一日を自分のために大事に過ごすようになった。
古いものの良さがわかるようになった。
日常の些細なことに幸せを感じることができるようになった。

 等々です。


 まぁそうはいっても、最近世の中がまた騒々しくなってきたため、まだまだ老け込むわけにはいかなくなってきそうな気配ではありますが。

2011年12月14日水曜日

川柳で学ぶ会計の話...その2

~川柳番号301 「鴻毛より はるかに重い 自見発言」~

 菅前首相の脱原発発言を「鴻毛より軽い」と発言したのは、海江田経済産業相でした。鴻毛などという難しい言葉を知っているとはさすがです。悔しいけれど、私は知りませんでした。そこでその時さっそく調べたのですが、鴻(おおとり)の羽毛で、非常に軽いもののたとえだそうです。時の首相発言をそのように批判するのも、なかなか勇気のいることだと思います。でも、そんな人には泣かないでほしかったです。


 菅前首相の発言が鴻毛より軽かったかどうかは別として、この人の発言は大変重い発言でした。自見大臣IFRSをめぐる発言です。IFRSについては、当初は2012年を目途に導入するかどうか(導入することをではありません)を決定し、導入する場合にはそこから3年ほどの準備期間を設け、2015年ごろに適用するという道筋が示されていました。ところがどういうわけか、出版業界は、あたかも早ければ2015年3月期にIFRSが強制適用となるかのような雰囲気を醸し出し、書店に行けば会計分野にはIFRS関係の分厚い本がこれでもかとばかりにあふれかえっていたのですね。しかも、IFRSは2期比較で開示しなければならず、比較年度の期首から適用されていなければならないから、実質3年前からIFRSを導入しなければならないし、システム投資も必要で、今すぐにでも準備に入らないと間に合いませんぞと、IFRS関係本は訴えてきます。人間の心理というのは恐ろしいもので、そういう場合には遅れてしまってはならないと焦ってしまいますよね。そういう私もそのうちの一人で、これまでIFRS関係の雑誌や本は何冊も読み、昨年末から今年にかけてはブログにも書いたように千ページ本を読破していたのです。 


 流れが変わったのは震災が起こってからでしょうか。なんとなくこの状況ではIFRSどころではないなと話していたところでした。公認会計士は会計の専門家ですから、もちろん勉強はするけれども、このまますんなりいかないだろうなという思いが頭をよぎっていたのですね。そこに出てきたのが新書版の「IFRSに異議あり―国際会計基準の品質を問う―」という本でした。確か出版されたのは5月くらいだったと思います。IFRS一辺倒の偏った考えに陥るのは嫌だったため、早速購入してこの本を読んでみたのですが、なかなか説得力のある本でした。そして、この本を読んでこういう考え方もあるな思っていた時に突然出てきたのが、自見金融担当大臣のIFRS導入延期発言です。2012年に導入するかどうかを決定し、準備期間を5年~7年設けるというものでした。これには正直驚きました。このようなこともあるのかと。


 IFRSを日本の会計にどのように適用していくのかということについては、企業会計審議会で議論されており、各委員の発言内容が議事録として公表されています。現在は11月の会合分まで議事録になっていて、全て目を通しましたが、内容を読んでいる限りでは、日本の上場企業すべてにIFRSを導入しようという意見は少ないように思います。連単分離、上場企業にも部分適用が今のところ多数意見のような気がしますが、皆さんはこれを読んでどのように思いますか。


 いずれにしても議論はこれからも続きますし、TPPもそうですが、IFRS問題も日本の国益に絡む大きなテーマですので、慎重に検討していただきたいと思います。


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